6月某日、BCG出身でワンキャリア執行役員の北野唯我は、やや緊張した面持ちでKPMGコンサルティング(以下、KPMG)の応接室に座っていた。
北野が到着を待っていたのは、同社のパートナーとして経営企画・人財開発を担う佐渡誠氏。
ONE CAREERがOpenWork(旧Vorkers)との共同調査によって2019年3月に発表した「学生から人気があるが、働きがいがない企業」の実名公表ランキング(※)。このランキングで、KPMGは8位に入っていた。
一方で、同社は就活生からの人気は上昇している。設立から6年と、極めて若い会社であるにもかかわらず、業界での存在感は急速に増している。
学生から「本当に働きがいがないのか?」「若手は活躍できないのか?」と疑問が寄せられていることは、北野も知っていた。
では、その内情を一番知るキーパーソンに、本当のところを聞かせてもらおう──。
コンサル業界に身を置いた経験もある北野は、業界そのものの課題や今後のサバイバル戦略も気になる。
その最前線に立つ佐渡氏に直球で聞いてみたいと、胸を高鳴らせていた。
「お待たせしました!」
颯爽(さっそう)と現れた佐渡氏は、堂々たる風格と相手を緊張させない明るさを備えた、独特のオーラを放っていた。
2人の対話が始まった。
(※)……ニュースメディア「NewsPicks」の企画により実施された共同調査から発表された結果の一部。ONE CAREERの「お気に入り登録」数が200位以内の企業を「学生に人気のある企業」と定義付け、そのうち社員クチコミサイト「OpenWork」のスコアが低い順に集計した
「新卒の離職率は6%」:KPMGで新卒が活躍する理由
佐渡 誠(さど まこと):大手日系企業からアンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)へ転職。その後、15年以上、戦略コンサルタントとして成長戦略・事業戦略、営業・マーケティング戦略などのコンサルティングサービスを提供。2014年、KPMGコンサルティングに入社。現在は執行役員パートナー、経営企画・人財開発・戦略グループ担当。
北野:まず、あらためて採用担当のパートナーである佐渡さんに伺います。今回のランキング結果、率直にどう思われましたか。
佐渡 :「部分的には同意するが、細かく見ると実態と異なる」というのが私の答えです。実際、クチコミ評価では中途社員から不満の声も挙がっていたようですね。「人によってバラツキがある」と。たしかに、創業当初にはいろんなカルチャーの会社から人を集めてきましたし、入ってきた人たちの力でなんとか会社の体裁を整えていくことに必死でしたから、正直、研修も不十分だったと反省もあります。
しかし、ここで強調したいのは、新卒社員に関してはむしろ離職率は低いんですよ。直近3年で80人ほど採って、辞めたのは5人程度ですから。同期の結束も固い。
北野:6%ほどですか。それはかなり低いですね。つまり「創業当初の中途社員に限っていえば正しいが、新卒社員に関してはそうではなく、会社や仕事に対する満足度は高いはずだ」と。中途社員が多い会社では「新卒社員があまり大事にされない」という現象も起こりがちですが、そうはなっていないということでしょうか。
佐渡:ないですね。むしろ会社が若いから、いい意味で「全社員がオープニングスタッフ」のような雰囲気があるんです。私も含めて創業当初に入った中途社員も、全員カルチャーがバラバラだから、新人に対して「君たちもKPMGの色に染まりなさい」といった画一的な目線を持たないし、そうしたくても参照する基軸がない。実は、僕らの世代はKPMGコンサルティング立ち上げのつなぎ役でしかなく、若手がうちの会社を作っていくのだという意識はパートナー間でも強いですね。
ですから、他のファームと比べると明らかに多くのチャンスを若手に与えているつもりです。自らマーケットに出て採用活動をしてもらったり、発信のステージに立ってもらったりと、会社の顔として活躍する機会も頻繁にありますから、きっとやりがいは感じられると思います。
大きな歯車の一部になるか。歯車を自分で回すか
北野:佐渡さんは1996年に入社した大手印刷会社で広告営業を担当した後に、アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)の戦略コンサルタントへ転職され、その後、KPMGコンサルティングの創業期に入社されています。メーカーからコンサルへ。やはり環境の違いは感じられましたか。
佐渡:全然違いましたね。戦略のフレームワークを一からたたき込まれ、成長スピードが格段に上がるのを自分でも感じられました。与えられた仕事を決められた方向に向けて推し進めるだけでは、自分の付加価値は生み出せず、進めるべき道そのものから考えなければならないような、そんな苦しさを早々に味わいましたね。
環境の違いを一言で表せと言われたら「大きな歯車の一部になるのか、小さな歯車でも自分自身で回せるのか」。メーカーはやはりモノを作って売ることで商売を成り立たせるビジネスモデルですから、設備投資が企業存続の生命線になる。モノづくりという巨大な歯車を成り立たせるための1ピースとして、人は存在する。それに対し、コンサルはまさに人が中心となって価値を生み出し、マネタイズの源泉となる。歯車を回す地力を鍛えられるから、個人としての価値を実感しやすいと思います。故に、独立も可能です。
私はよく「自分で自分のキャリアをコントロールできる、「自律型キャリア」を磨ける環境を選びなさい」と言うのですが、「その業界がどういうビジネスモデルで成り立ち、その中で人が担う価値はどの部分にどれほどあるのか」と考えながら比較するといいと思います。
北野:自律型キャリアを実現しやすい環境には、プロジェクトに携わる人数も深く関わりそうですね。メーカーの場合は数百人、数千人単位で一つのプロジェクトを回していく感じですが、コンサルティングファームの場合はだいたい4〜5人で回しますよね。
佐渡:人数は少ないほうが1人の裁量が大きくなり、「歯車を自分で回す」経験をしやすいと思います。ただ、最近はコンサルティングファームの中にも成長拡大を優先して、どんどん歯車が巨大化する現象が起きています。
「コンサルの転換点」をどう捉えるべきか
北野 唯我(きたの ゆいが):1987年兵庫県生まれ。新卒で博報堂の経営企画局・経理財務局で勤務し、米国留学。帰国後、ボストンコンサルティンググループに転職し、2016年ワンキャリアに参画し執行役員就任。2019年1月から子会社の代表取締役、社外IT企業の戦略顧問も兼務。30歳のデビュー作『転職の思考法』(ダイヤモンド社)が14万部。2作目『天才を殺す凡人』(日本経済新聞出版社)が発売3カ月で9万部。編著に『トップ企業の人材育成力』。
北野:確かに、コンサル業界が転換期にあることは、よく指摘されていますよね。「まるで人材派遣業のようになっているファームもある」「コンサルがコモディティ化している」と嘆く声も聞かれますし。つまり、代替可能な役割へと成り下がっているのではないかと。実感としていかがでしょうか。
佐渡:経営が事業拡大を第一義に捉えてしまったら、残念ながらコモディティ化は免れないのではないかと思います。なぜなら、資金を集めて大規模な受注で売り上げを更新し続けるには、中で働く人の質や数によらず、一定のアウトプットが出る仕組みにしなければならない。人依存の経営から脱却する道を選ぶのは、極めて合理的な判断だからです。
ただし、それではコンサルタントが本来的に得意としてきた「1マーケット、1クライアントにじっくり向き合って、自分が必要とされる存在として価値を出す」「パーソナルブランドを築き上げる」というスタンスとは相いれない環境になるリスクを多分にはらむことになるでしょう。
つまり、大きな歯車の一部になることを求められるコンサルティングファームに就職するのか、自分で歯車を回して地力をつけるコンサルタントとして生きていくのか。コンサル業界への就職は、この2択になっている気がしますね。どちらが正解というわけではなく、価値観によって選択は違っていいとは思います。
北野:今おっしゃった二択で、KPMGは後者であるということですか。御社は設立以降、急速に人数を増やしているので、他のコンサルティングファームと同じく拡大路線を取っているようにも見えます。正直、違いが分からない学生も多いのではないかと思うのですが。
次の時代に目指すのは「個が強いコンサルティングファーム」
佐渡:確かに分かりにくいかもしれませんね。しかし、他社とは明確に「違う」と認識しています。細かな制度や仕組みの違いもありますが、何よりも違いを生み出す決定的な要素は、会社としての「若さ」です。例えば大手コンサルティングファームの中には50年以上の歴史を持つ企業もありますが、当社は6年目を迎えたばかり。社歴が若い、創業期から成長期にあるようなステージにおいては「個々の力」がとても重要です。誰でも回せるような大きな歯車が存在しませんから。
だからこそ、多くの魅力的な「個」に参画してもらって、マーケットで一定のプレゼンスを出せるように奔走してきました。歯車の一つではなく自ら回し手になりたいという社員を必死に集めたつもりです。
そうしたステージでコンサルタントとしてのキャリアを築きたい、若くても回し手になりたいという人材には、積極的にチャンスを与えています。そういうダイナミズムを味わえる点は、他社には絶対にない魅力だと思いますね。
残念ながらそういう環境にうまく適応できなかった方が、違うキャリアに進まれたというわけで、冒頭のクチコミの件も私自身はある意味納得しています。
北野:「個が強いコンサルティングファーム」のイメージを、もう少し具体的に教えていただけますか。
佐渡:個々のコンサルタントにしか出せない価値を、徹底的に追求する組織というイメージです。私は常に「どんなに売り上げが見込めたとしても、コンサルタントがやるべき仕事でなければ受注しなくていい」と考えています。
例えば、RPA(ソフトウエアロボットを活用した業務効率化ツール)が一気にはやった時、当社はいち早くそのトレンドを取り入れ、クライアントの課題解決を支援しました。その一方でRPAを量産提供するような仕事はあえて求めませんでした。そこで売り上げを拡大して成長したとしても、それこそ他社がいつでもまねできるコモディティ化の一途をたどるだろうと予想できたからです。一時的に売り上げを拡大できたとして、「その先に何があるのか?」と考えれば踏みとどまれるのです。
北野:では、何を目指すことで競争優位性を獲得できるのでしょうか。
佐渡:これからの時代にコンサルタントに求められるのは、「本質を見極め、編み合わせる力」だと思っています。次から次へと登場するテクノロジーのパーツをどう組み合わせ、どう活用すれば、顧客を成功に導けるのか。
不確実な未来を生き抜くためには、課題の本質を見極めてロジックを緻密に組み立てる左脳的な戦略性だけでなく、思考を遠くへ飛ばす右脳的な発想力が問われます。ビジネスモデルを根本から変革したり、無限の組み合わせから最適な道筋を提案したり、これまで以上にハイレベルな役割が期待されています。
そして、その力はコンサルタント一人ひとりに備わるもの。ですので、「これからますます育成に投資していこう」と、経営陣で方向性を一致させています。
「人の困りごとに応えたい」そんな人がプロのコンサルの特徴
北野:思いの熱量が伝わってきますし、納得のいくお話ですね。お話を伺っていると、佐渡さんご自身がコンサルタントという職種を心底好きでいらっしゃるのだろうな、と伝わってきます。
佐渡:そうですね(笑)。合っていると自分でも思います。
北野:ご自身のどういう点が、コンサル向きだったと思われますか。
佐渡:「人の困り事に答えたい」というモチベーションが高いことでしょうね。自分を必要とされたいし、もし必要としてくれるのなら精一杯応えたい。そういう思いは人一倍強いと日々感じます。
北野:でも、思いだけでは資質は磨かれないはずですよね。もう一つくらい教えてください。
佐渡:そうですね。謙虚で素直な向上心は、常に持っていたいと考えています。私自身、これまでたくさん失敗してきましたし、一度たりとして「今回のプロジェクトは100%の仕事ができた」と満足できたことはありません。常に勉強する気持ちでようやく追いつける。頼られる人材になるには、期待に応えられる自分であろうとする、絶えざる努力が欠かせないですね。
電車に乗ったとき「社長ならどうするか?」を考えよ
北野:これから社会に出る若者たちに向けて、「自己成長のためにぜひ続けるといい」と勧める習慣はありますか。
佐渡:月並みですが、瞬間瞬間を「社長のつもり」になって考えるクセをつけるといいと思います。電車に乗った時に、「自分が今、鉄道会社の新社長になったら、どんな改革プランを発表するだろう?」と考える。大学のキャンパスが閑散としていたら「もしも学長になったら、どうやって学生を呼び込めばいいだろうか?」と考える。正解なんてないので、自由に自分なりのアイデアを練ってみればいいんですよ。
北野:なるほど。佐渡さんの下で働けると成長できそうですね。しかし「佐渡さん以外のチームに入っても、同じ思いで育ててもらえるのか?」と、かえって不安を抱く学生もいるかもしれません(笑)。
佐渡:そうですね、今のKPMGに入るメリットは、やはり小さい歯車でも自分で回す経験を詰めること。チャンスが若手にも多く用意されていることだと思います。スケールを第一とするファームであれば、「1億円以上売り上げるプロジェクトじゃないと意味がない」というスタンスが当たり前だと思うのですが、うちの場合は、売り上げよりも価値や意義を重視してプロジェクトを引き受けていますから、良い意味で自分が小さな歯車の回し手になれるプロジェクトが少なくありません。飛躍的な売上拡大はできないかもしれませんが、それでも「売上至上主義は目指さない」というのは、経営会議で明確に決めた方針なんです。
北野:売上を追い求めない。それはとても珍しい方針だと思うのですが、なぜでしょうか。
佐渡:それを目指すことに何も意義を見いだせなかった、というのが正直な理由ですね。後発で規模もまだ小さいうちの会社が売上で競争しようとしても、勝ち目はないわけです。もちろん、利益を出すことは大事ですし、一定規模の健全な売上規模の拡大は実現しますが、各人が「これをやるべきだ」と情熱を注げるテーマに向き合って成長することに、最も価値を置いています。
また、うちはグローバルファームでありながら各国の事情に合った自主的な経営が許されているので、「米国本社が右と言ったから右」といった強制力もほとんどありません。
巨大なプロジェクトを回すパーツの役割だけを与えられ、モチベーションのよりどころに迷う場面を業界で嫌というほど見てきましたから、本質的に持続可能な働き方ができる場づくりを意識しているのかもしれませんね。
北野:私の著書である『転職の思考法(ダイヤモンド社)』の中で、「自分が信じていないものを売ることほど、人の心を殺すことはないよ」と書いたのですが、それに近いですね。
佐渡:おっしゃる通りだと思います。もう一つ、うちに入るメリットとしては、教育面の充実もあります。KPMGコンサルティングの新入社員は約50人という小規模ですので、パートナー陣から直接指導を受けられるような機会も少なくありません。パートナーとの距離の近さは、他の大手ファームにはないと思います。
また、自分に合ったテーマや志向を見極めてもらうために、最初の段階ではとにかく経験を踏ませることも重視しています。具体的には入社してから1年半の間は全員、人材開発本部にひもづいてもらい、最長5カ月のジョブローテーションを確実に回すことで多様なプロジェクトを経験してもらっています。
今のKPMGは「会社をともに成長させながら、自分ブランドを作れるフェーズ」
北野:佐渡さんと話していると、ガツガツしすぎていない、10年、20年と長く働けそうなコンサルティングファームだな、という印象を受けます。
佐渡:そのイメージは正しいかもしれません。KPMGは堅実なカルチャーだと思いますよ。
北野:逆に、「こういう人はうちにせっかく入っても、幸せになれないと思う」という条件があれば教えてください。
佐渡:テーマを与えられないと動けない、といったタイプの人は向かないと思います。大きな歯車の元で、ただのメンバーとして業務を遂行していればいいや、といった心構えの人は厳しいでしょうね。あとは、コンサルタントでなくてもできる仕事、例えばテクノロジーの開発にだけ興味があるといったような方は、それが本業としてできる会社に行ったほうがいいかもしれません。
北野:なるほど。最後に、KPMGに入ったら何ができるのか、新卒の社員にどんなことを期待するのか、あらためてメッセージをお願いします。
佐渡:他にはない魅力として伝えたいのは、やはり企業ステージの若さです。設立から10年に満たない会社だからこそ、「全員でカルチャーをつくっていく」という勢いがあります。その勢いの中に入れるチャンスは今しかないので、ぜひ飛び込んでいただきたいですね。会社をともに成長させていきながら、自分ブランドを作っていける。そんなステージは用意されていると思います。
そんな中で新卒社員に期待するのは、やはり「考える力」を備え、磨いてもらうことです。先進的なテクノロジーを理解する力や業界知識ももちろん重要ですが、変化の激しい時代にあっては、そうした要素をいかに組み合わせ抜本的な課題解決にあたるか、それを考え出す力がますます求められます。「課題の本質を見抜いて、最適な解決法を見いだす」という、コンサルタントとしての普遍的な基礎力が重要になってくるのです。
この信念の下、われわれKPMGではコンサルンタント一人一人の基礎力を鍛えるためのトレーニングを、常に進化させながら提供しています。まだまだこれからという部分も少なくありませんが、こうした成長ステージにおいて、自分ブランドへの意識が高い人たちと一緒に働けることを楽しみにしています。
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【執筆協力:宮本恵理子/カメラマン:保田敬介】