結婚したり、子供が生まれたり。ライフステージが変わってもこの会社で働けるのか……? 会社選びの際にそういう「働きやすさ」を気にする学生は少なくないでしょう。
男女間の差別をなくし、働きやすい環境を目指す企業は増えていますが、マネジャーの女性比率が低いなど、日本における「男女格差」の状況は依然として厳しいままです。
実際、2021年3月に世界経済フォーラムが公表した各国における男女格差を測るジェンダーギャップ指数では、日本の順位は156カ国中120位。先進国の中で最低レベルでした。特に「経済」および「政治」における順位の低さが際立っています。
連載「日本の経済・産業の重点ポイントからひもとく注目業界」、第3回で取り上げるテーマは「女性活躍」。今回は、男女格差の解消や「女性を含む多様な人材の活躍」というテーマに取り組む中村さんに話を伺いました。
なぜ日本で男女格差の解消が進まないのか、そして、就活生はどのような視点で企業を選べばいいのか。国という立場で奮闘する、3年目の若手女性の思いに迫ります。
<目次>
●男女格差で世界に遅れる日本、差別につながる「バイアス」は誰でも持っている
●男女格差解消に向け、企業はどんな取り組みをしているのか?
●女性特有の健康問題を解決する「フェムテック」に注目
●女性の支援だけを強調する企業は危険? 就活生が企業選びで知っておくべきこと
中村 綾乃(なかむら あやの):経済産業省 経済産業政策局 経済社会政策室(取材当時)2019年入省。産業技術環境局にて、省内の環境政策関連予算の取りまとめを担当。2020年6月から経済産業政策局にて省内の女性活躍推進等に関わる施策の取りまとめや、フェムテックなどを活用した仕事とライフイベントの両立に向けた事業を担当。2022年5月からは現職にて鉄鋼の生産・流通を担当。
男女格差で世界に遅れる日本、差別につながる「バイアス」は誰でも持っている
──日本における「男女格差」は先進国の中でも最低レベルといわれています。なぜ日本は世界に比べて遅れているのでしょうか。
中村:女性のライフとキャリアの両立が難しい原因はいくつかあると思います。まずは家事・育児の負担が女性に偏っていることですね。
総務省の調査によると、共働き世帯における家事・育児の時間は、女性が男性の4倍ともいわれています。日本は先進国の中でも、特に男女の分担格差が大きく、「日本の社会は女性に対して、いまだに家庭を持つかキャリアを追求するか、どちらかの選択を迫っている」との海外からの指摘もあります。
──なるほど……。他にも理由はありますか。
中村:女性に対して、無意識の偏見(アンコンシャスバイアス)が働いていることが、企業でジェンダーギャップが解消されない一因といわれることもあります。
例えば女性は数字が得意ではない、リーダーよりフォロワーが向いている、育児や家事は女性が主に担うべき……といった内容ですね。こう言うと激しい男女差別に聞こえるかもしれませんが、「脳外科医」と聞いたときに、とっさにイメージしたのが女性ではなく男性だった、というくらいの話なら、皆さんも想像しやすいと思います。
──確かに誰しも、そういう「思い込み」はあるかもしれませんね。
中村:それが不必要な配慮につながってしまうこともあるのです。海外出張や駐在の仕事に男性の方が呼ばれやすい、というような。こうした格差を防ぐため、研修を実施してアンコンシャスバイアスを解消しようと目指す企業もあります。
──中村さん自身は働く女性として、この状況をどう見ていますか?
中村:正直な話、この部署に来るまで、男女の格差をあまり意識したことがなかったんですね。大学に入るまでは意識する機会はほぼなかったですし、入省1年目のときは上司が女性だったのですが、仕事と子育てを両立させているように見えたので。
しかし、この部署に移って女性活躍推進の仕事をするようになり、やはり、男女平等というのはまだまだ進んでいないのだと痛感させられました。女性の管理職や取締役の比率など、数値だけ見れば改善している面はあると思いますが、それだけでは表現できない部分もあります。ライフもキャリアも自由に選択できる世の中になってほしいと思っています。
男女格差解消に向け、企業はどんな取り組みをしているのか?
──経済産業省という立場から女性活躍推進を進めるために、どのような施策を行っているのでしょうか。
中村:経済産業省は東京証券取引所と共同で女性活躍に優れた上場企業を「なでしこ銘柄」として選定しているほか、「新・ダイバーシティ経営企業100選」など多様性の推進に積極的な企業を紹介するといった取り組みを行っています。優れた取り組みを進めている企業に投資が集まる、という形が理想ですね。
──実際、企業はどのような取り組みをしているのか教えてください。
中村:例えば、なでしこ銘柄選定企業の丸井グループでは、男性と女性の「ケア労働(家事育児)」の偏りを解消するためのプロジェクトが立ち上がっています。家庭内の状況は企業から見えづらく、踏み込みづらい点であるので、興味深い取り組みだと感じます。
他にも男性に家事育児の「リアル」を経験してもらう、という企業が増えているのも、最近の傾向です。例えばパーソルキャリアでは、管理職の男性に2週間、毎日17時で業務を切り上げてもらい、その後育児を1人(母親なし)でやってもらうという「男性育休推進 ワーパパ体験プロジェクト」を行っています。キリンホールディングスも「なりキリンママ・パパ」という実証実験を実施していました。
パーソルキャリアが実施した「ワーパパ体験プロジェクト」
──ある意味で「強制的に」1人で家事や育児をやってもらうと。確かにそれくらいのことをしないと理解が進まないのかもしれません。こうした企業の取り組みは広がっているのでしょうか。
中村:社会全体として、確実に変わった部分はあります。第二次安倍政権では「女性活躍は成長戦略」と位置づけ、経済界に対して「役員に1人は女性を登用していただきたい」と要請を行いました。
実際、2012年から2020年の8年間で、上場企業の女性役員数は約4倍に増えましたし、女性役員の比率も伸びているのですが、諸外国と比較するとまだまだ低い状況です。2020年までに指導的地位に占める女性の割合を30%にするという目標については達成できず、目標の時期を後ろ倒しにしています。
──世界の国々は、日本の伸びを上回る早さでジェンダーギャップが縮まっていると。
中村:日本全体では格差の解消は進んでいると思いますが、女性が活躍する企業とそうでない企業の二極化も感じています。一部上場企業でも、女性役員がゼロの企業が2021年7月の時点で約2,200社中732社。なでしこ銘柄でも、選定される企業やアンケートに回答してくれる前向きな企業が固定化されている状況です。
女性社員が増えたり、意思決定層になったりすることで、今まで気付けなかった課題が浮き彫りになり、社内の環境整備が進んだという企業の話も聞きます。まずは形だけでもいいから、女性を増やすという取り組みが求められるのかなと。経済産業省もまだまだ課題が多いです。私たち自身も変わっていかなければ、と強く思っています。
女性特有の健康問題を解決する「フェムテック」に注目
──逆に中村さんが「日本はここが変わった」と思うポイントはありますか?
中村:女性特有の健康課題を解決する、いわゆる「フェムテック(FemTech)(※1)」や「フェムケア」の領域はこの2、3年で一気に発展したと思います。
男女の格差が広がってしまう一つの要因に「月経など、女性特有の健康問題に対する理解がない」というものが挙げられます。症状には個人差があるので、よりサポートが難しくなるという問題もあり、それを理由に昇進を諦めてしまう例も少なくありません。
先ほど紹介した丸井グループでは、女性が健康課題を理由にキャリアをあきらめることがないよう、オンラインで婦人科に相談できるサービスも社内に提供しています。
(※1)……Female(女性)とTechnology(テクノロジー)をかけあわせた造語。女性が抱える健康の課題をテクノロジーで解決できる商品(製品)やサービスのことを指す
──具体的に、どのようなプロダクトやサービスがあるのでしょうか。
中村:月経カップの商品ラインアップは増えましたし、低容量ピルの処方を福利厚生として採用する企業も出てきています。不妊治療が保険適用になるなど、いわゆる妊活をサポートする動きも広がっていますね。
他にも「ルナルナ」などに代表される生理日管理のアプリなど、フェムテックという言葉が広がる前からあるサービスもあります。個人的に、今後は更年期のケアがビジネス的にも注目されると思っています。
──更年期ですか?
中村:女性の管理職や役員などが増えれば、更年期の健康問題に直面する機会も増えるからです。経済産業省では、フェムテック関連の事業者を支援する補助金も用意しているのですが、今年、説明会に100以上の事業者から応募がありました。業界全体での盛り上がりを感じています。
女性の支援だけを強調する企業は危険? 就活生が企業選びで知っておくべきこと
──今後、日本において男女格差の解消は進んでいくのでしょうか。
中村:格差解消への取り組みが「コスト」だと捉えられてしまう風潮もありますし、困難は多いと思いますが、女性の活躍が進まないことには、企業の経営が苦しくなっていくと考えています。事業環境が変化する中、同じ経験や同じ価値観を持った同質的な社員が物事を決める経営には限界が来ています。
実際、女性活躍と企業パフォーマンスに高い相関性があるとする民間レポートや、女性の取締役がいる企業は、そうでない企業に比べてリーマンショックなどの危機からの回復が早かったというデータもあります。
──なるほど、経営にも影響を及ぼす要因になっているんですね。
中村:資本市場も変化しています。ESG投資(※2)の世界的拡大や、コーポレートガバナンス・コード(※3)の改訂などを背景に、女性活躍に関する情報開示を積極的に行うことが企業には求められています。
(※2)……従来の財務情報だけでなく、環境(Environment)・社会(Social)・ガバナンス(Governance)要素も考慮した投資のこと
(※3)……上場企業が行う企業統治(コーポレートガバナンス)においてガイドラインとして参照すべき原則・指針を示したもの
──格差の解消に積極的な企業とそうでない企業は、どういった点を見ると分かるのでしょうか。就活で会社を選ぶ際に大切なことがあれば教えてください。
中村:国が選定している、なでしこ銘柄企業や新・ダイバーシティ経営企業100選の企業や、厚生労働省が認定する「くるみん」や「えるぼし」を取得している企業は、女性活躍やダイバーシティ経営の推進に積極的に取り組んでいる一つの指標です。もちろん、そうでない企業の中にも女性活躍やダイバーシティの推進に積極的な企業はあるでしょう。
ただ、制度があることはもちろん重要ですが、環境が整っていないと意味がありません。男性・女性ともに制度を理解し、活用でき、納得していることが重要です。気になる会社があれば、とにかくその会社で働く人と話すことをお勧めします。
「男性でも育休が取れているのか」といった話を聞くと、その会社の考え方や働く人の意識が分かり、会社選びの参考になるのかなと思います。個人的には、女性のサポートだけを主張する会社は怪しいなと思ってしまいます。キャリアとライフの両立は、男女問わずに向き合うべき課題ですから。
──男性からも、企業にそういった質問ができるようになるといいですね。
中村:最近は共働き世帯が増え、男性の育児・家事への参加も増加傾向にあります。世代が変わって、男性寄りだった意識が変わりつつあるのも事実です。
社会も企業も、国全体でジェンダー平等が実現し、「女性活躍」と言わなくてもよい未来が理想。そのためにも、学生の皆さんには、女性活躍に取り組む企業やフェムテックを推進する企業に注目してほしいです。
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