就活の軸に「グローバル」を掲げる人は少なくないでしょう。世界を股にかけて活躍したい──では、その「世界」とは具体的にはどこでしょうか。
アメリカ、ヨーロッパ、最近は中国やインドも注目を集めていますが、今、特にアジアが盛り上がっているのはご存じですか?
社会課題の多さや規制の少なさから、さまざまなビジネスが勃興しているアジア。経済産業省も経済政策として「アジアデジタルトランスフォーメーション(ADX)」を掲げ、新興国企業と日本企業のオープンイノベーション(※1)を加速させようとしています。
一体なぜアジアに注力するのか。アジア新興国と日本企業のコラボレーションの可能性とは? 連載「日本の経済・産業の重点ポイントから紐解く注目業界」の最終回は、日本企業の海外展開における新潮流に迫ります。皆さんも「アジアでのビジネス展開」を就活の軸にしてみませんか?
(※1)……新技術・新製品の開発に際して、組織の枠組みを越え、広く知識・技術の結集を図ること
北角 理麻(きたずみ りま):経済産業省 経済産業政策局 アジア新産業共創政策室(室長補佐)
新卒でジョンソン・エンド・ジョンソンに入社、国立研究開発法人 日本医療研究開発機構(AMED)を経て、2018年に入省。生物化学産業課にてバイオベンチャー支援などを担当、2021年8月より現職。
<目次>
●もはやアジアは単なる「生産拠点」ではない──日本の二歩三歩先を行く市場に進化
●医療や農業で、アジアの深刻な社会課題に立ち向かう日本企業
●アジアで成功したビジネスを「逆輸入」 リバースイノベーションが日本を変える?
もはやアジアは単なる「生産拠点」ではない──日本の二歩三歩先を行く市場に進化
──北角さんは「アジア新産業共創政策室」にいらっしゃるとのことですが、アジアではそんなに新たなビジネスが生まれているのですか?
北角:アジアというと、これまでは生産拠点、あるいは「低コストで労働力を確保できる地域」と捉えられることが多かったのですが、今や起業家が躍動し、さまざまな新ビジネスが生まれている地域です。
特にスタートアップ企業が、現地の社会課題にデジタル技術をうまく使ってアプローチすることでビジネスチャンスを生み出し、急激なスピードでユニコーン企業に成長していく動きが少なくありません。その点では、日本の二歩三歩先を行く市場ともいえますし、日本が学ぶべきところも多いでしょう。
──驚きました。具体的にはどういった企業やサービスがあるのでしょうか。
北角:配車アプリの「Grab(グラブ)」や「GOJEK(ゴジェック)」が有名です。彼らは渋滞がひどくてタクシーが捕まらない、という現地の社会課題をデジタル技術で解決するための配車プラットフォームを提供していますが、興味深いのは、配車アプリにとどまらない多様なサービス展開です。
例えば、GOJEKは移動サービス以外に広く生活に関連するサービスを提供しています。バイクタクシーの運転手さんが、朝の通勤時間帯には通勤客を乗せていく。お客さんの少ない日中には近所の主婦にフードデリバリーをしたり、マッサージ師やハウスクリーニングのサービスを行ったりするなど、生活に必要なサービスを運びます。
さらには、電子決済や融資などの金融サービスの提供まで、1つのアプリケーションの中ですべて完結する世界の実現を目指しています。
──すごい。確かにそこまで広範囲をカバーするようなサービスは、日本にはほとんどないですね。
北角:ユーザーは生活に必要なサービスの多くをそろえることができますし、逆にアプリ1つあれば、ドライバーはさまざまな仕事を見つけられる。このように、生活に密着したリアルなニーズをデジタルで取り込んで、大きく成長しているんです。
もちろん、日本にもタクシー配車やフードデリバリーなどのサービスはありますが、インフラや社会制度が未成熟なアジアだからこそ、デジタルを基盤に次々に新しいサービスを立ち上げ、一足飛びで成長するという軌道を描けたのだと思います。
──中国もそうですし、アジアにはデジタルに強い市場があるんですね。そういうイメージを持っていない方は多いような気がします。
北角:そうですね。いまだに生産拠点だという認識の日本企業も少なくないのが現状です。そこで経済産業省では、「アジアデジタルトランスフォーメーション(ADX)」という新しい政策に注力しています。
これは、日本企業のアジアに対する向き合い方や認識を変革し、現地企業との協業を通じて、デジタル技術を活用した新ビジネスを創造していくことを大きなミッションとする試みです。これまで、アジアでの新規ビジネス立ち上げに意欲のある日本企業とアジア現地企業とのマッチングや、実証事業への補助、広報協力などに取り組んできました。
その他に、アリババ、テンセントなどの中国企業が、デジタル分野でASEAN(東南アジア諸国連合)でのプレゼンスを向上させている中、日本企業がアジアでどうプレゼンスを向上させていくのか。デジタル産業をASEAN各国とともに発展させるためのルールの推進というミッションも含む、複合的な政策です。
医療や農業で、アジアの深刻な社会課題に立ち向かう日本企業
──実際に、そうした取り組みの中でアジアに事業展開する日本企業があるのですか。
北角:農業分野では、日本のスタートアップ企業の「サグリ」が、衛星データの画像分析とAI(人工知能)技術を用いて農地の状況や収穫量を可視化し、農家の生産性・所得向上に取り組んでいます。
広大な農地を耕し、農作物を収穫するには人手がかかります。日本であれば、作業ロボットなどを投入して人手不足を補うという発想になりそうですが、アジアでは農家が機械を使いこなせなかったり、そもそも農業や農地活用の知識が乏しかったりするため、同じ発想では農家の売上や利益を高めることができません。
アジア特有の社会課題に日本の技術がハマるケースは少なくありません。サグリのビジネスはいい事例だと考えています。
──アジアだからこそ生きる日本の技術もあるというわけですね。
北角:大企業でも、AIを活用した健診センターをインドに開設した富士フイルムの事例があります。インドでも、今後は生活習慣病が深刻な社会課題となることが見込まれていますし、噛みたばこの習慣があるので、口腔がんのリスクが高いことも指摘されています。
富士フイルムのプロジェクトでは、CTやMRI検査の画像診断をAIが行い、医師を支援することで医師個人に左右されないサービスレベルを担保するとともに、医師の負担を軽減することでコストを抑え、かつ早い結果通知を実現させています。特に、AIの活用に対する社会の受容性の高さは、デジタル分野で先行するインドならではの強みであり、そういった地域特性を生かした事例と見ています。
──なるほど、AIを導入しやすい領域も日本と海外では違いそうですね。
北角:技術に対する受容性もそうですし、規制が少ないというのも、アジアでビジネスが展開しやすい要因です。例えば、同じくヘルスケアビジネス分野の「アルム」は、医療関係者間コミュニケーションアプリ事業をマレーシアなどASEAN地域で展開しています。マレーシアにおいては、医療ICTが医療機器に位置づけられていないため、当局との規制対応が不要となり、いかに病院のニーズに合わせて自社のプロダクトを使ってもらうか、事業開発に専念できるという話をお聞きしました。
アジアで成功したビジネスを「逆輸入」 リバースイノベーションが日本を変える?
──国民性や規制の緩さも含め、途上国それぞれの「土地の強み」を生かして事業を展開するという考え方が大切なんですね。
北角:はい。スタートアップ企業も大企業の新規事業開発でも、まず日本で成功してから次のステップとして海外展開を考えることが多いですが、事業立ち上げ期からグローバル市場で戦うという考え方と熱意が、事業を急速に成長させる可能性もあります。事業環境の面でも、事業パートナーや人材という観点から、アジアだからこそできる事業があるはずです。
──しかし、そうなると現地の企業やスタートアップと戦うことになるわけですよね。地域の特性やユーザーニーズの把握は彼らの方が得意でしょう。日本の企業がアジアで勝てるのでしょうか。
北角:日本企業にも強みはあります。まずは安心と信頼の「日本ブランド」です。アジアのパートナーと良好な関係を築く土壌が、先人の日本企業によって培われてきました。
他にも技術力などの日本独自の長所を生かしながら、日本にはない社会課題やビジネスニーズをデジタル技術で先を行く現地企業との協業の中で学び探索する。このようなオープンイノベーションによって、新しいビジネスが生まれていくことを期待しています。
──結果として、日本でも通用するビジネスやサービスが生まれる可能性もありそうですね。
北角:はい。長期的には「リバースイノベーション」といって、海外で成功した新サービスを日本国内に逆輸入して、国内に市場をつくるということも目指しています。その際に、もし国内の規制が障害になったとしても、アジアで積み重ねた実績があれば、規制改革もスムーズに進むでしょう。
ADX政策は、このように先人のいない領域に挑戦するパイオニア的企業がリーディングモデルとなり、他企業にも「同僚・同士効果(ピア効果)(※2)」を働かせ、さらなる行動を促していくことを目指しています。
(※2)……仲間や同僚などがお互いの行動、生産性に影響を与え合うこと
──北角さんから見てアジアで成功する、ひいては先人のいないフィールドで活躍するにはどのような力が求められると考えますか。
北角:日々自ら見聞きしたことを咀嚼(そしゃく)し、発信しながら仕事をつくり上げていく、そういった積極性が求められていると感じます。私たちが取り組んでいるADX政策も、もともとタイに赴任していた経済産業省の職員が、現地で感じたアジアの勢いや日本の課題を政策立案につなげたものです。
また、ADX政策そのものが「経産省における実証実験」であり、新しい経済産業省の政策のあり方を考えるという側面があります。当室の入省2年目の職員も、見聞きしたことを積極的に発信し続けた結果、「アジア×デジタル」に関する知見や考えを経産省内はもちろん、コンサル企業や事業会社などの外から求められることも多くありました。
──まさに先人のいないフィールドだったと。自らポジションをつくるような動きが大切なのかもしれませんね。
北角:私は民間企業から経済産業省に転職していますが、国の成長戦略に基づいた政策が、省内外のさまざまな関係者の連携プレーによって有機的に推進されていくところに、仕事のスケールの大きさを感じました。
日本、世界が日々大きく変化していく中で、自分はどのようなインパクトを与えていくことができるのかを考える、そういった仕事のダイナミックさに面白さを感じています。一方で、民間企業も公務員も先人のいないフィールドで活躍するために求められる力や姿勢、未来を切り開いていくのに必要な考え方や熱意は同じでしょう。今後、さまざまな日本企業がアジアで活躍するのを楽しみにしています。
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経済産業省職員へのインタビューを通じて、不確実な時代を生き抜く企業像について5回にわたって連載してきた「日本の経済・産業の重点ポイントから紐解く注目業界」。
経済産業省も、活気のある日本経済をつくるため、これからも民間企業が潜在力を発揮できる環境づくりに取り組んでいきます。この記事が、就活生の皆さんの企業・業界選択の参考になれば幸いです。
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