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就活サイトトップ就活記事会食中に鼻糞を食べたいと思ったことがあるだろうか【熊谷真士】

会食中に鼻糞を食べたいと思ったことがあるだろうか【熊谷真士】

コラム
2017年10月5日(木) | 33,160 views

ないだろう。私はある。それは忘れもしない社会人数年目の出来事。相手は化学品メーカーの若手と、チームリーダー。こちらは1人。3人での会食。


私の予約した小綺麗なレストランで、目の前に座った取引先が来月の東南アジア向け6,000トンの化学製品について、引き取り条件にまつわる契約内容を提案してきている。


エチレン価格の上昇に伴い、EDCのコストは上がっている、その為、電解メーカーの稼働が下がってフンチャラ、カンチャラ。取引先が喋っている。私は、東南アジア向けの商売について契約を決められる裁量を貰っていた。


メーカーの稼働が下がっているのか…けっこうタイトになるのかな…そう思いながら前菜として運ばれて来たイカの塩辛的な何かを食べる。その時に、ふと「鼻糞みたいな味がするな」と思った。


それは断じてレストランをdisっているわけではなく、それは全くもって嫌な感情ではない。ただただ、とても懐かしくて心地良い感情。



最後に鼻糞を食べてからもう、20年近く経つ――



*



幼稚園の時、私はよく鼻糞を食べていた。


これだけ書くと異常な性癖とアクの強い思想を持った危険な人間だと思われそうだが、実際、当時は自分以外にも鼻糞を食べている人がたくさんいた気がする。小さい男の子は、ちょっとした出来心で食べてしまう。


鼻糞は人前で堂々とホジっていたし、それをおもむろにパクり。腹が減っているというわけでもないが、何となく気になって食べているうちに癖になった。


多少弾力のある食感に、イカの塩辛のような、ほど良いしょっぱさ。悪くない。ライスを一緒に頂きたい。




ある日、みっともないから鼻糞を食べるのをやめなさいとママに怒られたので、「鼻糞を食べるのはミットモナイ」という社会的な通念を、文字として認識した。


しかし、それが何やら悪いことらしいという「知識」は得たものの、何が悪いのか、誰に迷惑をかけてしまうのかが分からず腹落ちしていたわけではなかったので、引き続きママの目を盗んでは鼻糞を食べた。部屋の片隅でパクり。ライスを一緒に頂きたい。



「食べてはいけない」と言われたことにより、鼻糞を食べることは言いようのない背徳感をもたらすようになった。食べたらダメだ、食べたらダメだ、食べたらダメだ…パクり。背徳感により、自分の中での鼻糞の価値は何故だか上がった。


なかなか食べられないというだけで不思議と上昇する、食べ物の価値。ウニ・アワビ・フカヒレを、思い出して欲しい。希少性というのは、それだけで食べ物の価値を上げる直接的な理由になる。


その希少な食材のラインナップに、ハナクソが加わった。ウニ・アワビ・フカヒレ・ハナクソ。食べられない程に愛おしい。弾力のある食感。ほど良いしょっぱさ。魅惑の珍味。ライスを一緒に頂きたい。



*



時が流れ状況は変わる。小学生になり、2年生3年生と進んでいくと、鼻糞をパクパクと食べる人は減っていった。どうしたんだろう。皆、ママに怒られたんだろうか。


かつてホジホジしてからパクパクしていた仲間が、次々とティッシュで鼻をかむようになり、鼻糞をゴミのように捨て始めた。ついに、教室の中で鼻糞を食べているのは自分だけになった。


「鼻糞をホジって食べるのはミットモナイ」という空気が、間違いなく教室の中にも蔓延していた。昔とは違う。



私はミットモナイの理由が分からず、ただただ寂しさを感じた。昔は鼻糞を食べていた仲間達が、こぞって鼻糞を敬遠し始めている。


これ以上の“鼻糞食い”は自分のスクールカーストを押し下げることに繋がるかもしれない。仲間達の白い目に耐えられず、私もついに鼻糞を食べるのをやめることにした。同調圧力に屈したのだ。


「これが最期の鼻糞か…」あの日そう思ってホジり出した鼻糞はとても愛おしくて、我が子を愛でるかのようにジッと見つめた後、そして一思いにパクリ。ああ。


鼻糞の味はいつも同じであり、日によって変化がない。弾力のある食感。ほど良いしょっぱみ。それは感謝と哀しみの味。ライス。ライスだ。ライスを頂きたい。ライス。とにかくライスをくれ。



*



目の前の取引先は、引き続き契約条件についてベラベラと話していた。一方の私は、社会人になり日本食の料理店で生き別れたはずの味に、再び出会えた。懐かしさに震えている。


鼻糞をホジって食べるのは恥ずかしいことだという知識はあれども、社会人になった今ですら、それが悪い事であるという「腹落ち」はない。未だに、理由がよく分かっていない。


ウンコを人に塗り付けるのは迷惑が掛かるので良くない。これは肌感覚で分かるが、一方、鼻糞を食べても誰にも迷惑はかからない。どんなに考えても、それをしてはいけない正当な理由が見つからない。



*



インド向けのタイミングと合わせてホニャララ… 取引先が何かを言っている。インド向けか…その時に気がついた。鼻糞を食べてはいけないことに、それ以上の理由なんて、ないんだ。


きっと、“鼻糞をホジって食べるのはミットモナイ”というのは、それ以上の理由がない、数学で言うところの公理みたいなものなのだ。



それが恥ずかしいことである理由や、それをしてはいけない背景等が具体的に別個存在するわけではなく、それはただ、そういうものであると言う他ない。それはただただ一般性の高い通念なのであり、「根本命題」なのだ。


鼻糞を食べてはいけない理由を探してはいけない。それはあらゆる理論の大前提なのであり、むしろ鼻糞を食べてはいけないことを出発点としてあらゆる善悪を議論する必要がある。


取引先の口が、引き続きムニャムニャと動いている。私はじっと彼の鼻の穴を見つめていた。目が合わない。鼻糞食いのミットモナさは、根本命題。


今、その議論の予知無き大前提を超越して会食中にいきなり鼻糞を食べたら、どうなるんだろう。この場で表情一つ変えず真顔で鼻糞を食べ始めたら、一体何が起こるんだろうか。



*



再度確認しておきたいが、そこにいるのは上場会社の看板を背負ったサラリーマンであり、そこはそれなりに高級な日本食のお店であり、それは充分過ぎるほどにおカタいビジネスシーンである。小学校の教室とはワケが違う。


ここで、「突然、鼻糞を食べる」という行為がもたらすインパクトは、恐らく「汚い」とか「下品」とかそういう次元では全くないだろう。


余りにも想像していない展開に取引先は腰を抜かし、引き倒すに違いない。



「ナンデヤネエエエエエ〜ン!」と突っ込むべきなのか、見て見ぬ振りをすべきなのか、もしくはその鼻糞食いの漢を“独創的な発想を持つカリスマ的イノベーター”として祭り上げるべきなのか。



パニックに陥った取引先は2人で顔を見合わせ、「え?」と言うだろう。「あ、…え? あの…え? え、…え??」。


うめき声をあげることしか出来ない取引先を目の前にして、私はパクパクと鼻糞を食べ続ける。



「やっぱり鼻糞は美味しいですね。弾力性のある食感と、ほど良いしょっぱみがたまらんですわ。」



「あ…え? え、あの…あ、あはははは」



「ビールも進みますし、あと何と言っても日本酒に合いますよね、鼻糞は。熱燗の季節ですしねぇ。」



「そ…そ…え…? あ…お…おおおv:あ」



「……ヨッ…と。お、大きいのが取れましたね。一つ食べますか? 私はもうたくさん食べてるんで。」



「あ…え? は、は、は、はっははっh。いや〜…え? あ…え? wょおg」



「昔小学生くらいの時、よく机の裏に鼻糞をつけてツララみたいにしている人いませんでした? 私ああいうの、許せないんですよね。食べ物を祖末にすると罰があたりますよ。」



「お…え…あ…えええ?? は..おお….え…え ぇえwおあえ」




「店員さんすみません!!! ライス!! ライス大盛り下さぁぁあああああい!!!!!!!!!」



*



目の前の取引先は、何やら満足気な表情で、一心にベラベラと言葉を吐き出している。私はそれらの話を何も聞かずにひたすらフンフンと頷きながら鼻糞の世界に思いを馳せ、ただただ妄想を膨らませてパラレルワールドで一人、大喜びしていた。


「…という感じで来月は進めて頂きたいと思っているんですよね。どうでしょうか。」




突然相手の話が終わり、私が何かを答えるターンになった。どうでしょうか? なにが「どう」なんだ? どうした。


何も分からない。相手が何を話していたのか、サッパリ分からない。しかし、今さら聞いていませんでしたとも言えない。ましてや鼻糞のことを考えてました、なんて本当の事を言ったらドエライ騒ぎになる。


私は持参したティッシュで鼻をかんでから相手の提案を全て理解しているかのようないぶし銀な顔をし、眉間にシワを寄せながら深く頷きつつ答えた。「そうですね。では、そのように進めましょう。」





一体、何がどのように進んでしまうのか。


何一つとして条件の分からない契約が突如として結ばれようとしていた。無限億円の損失を被るかもしれない。まあ、いいか。自分の金じゃないし。そんなことより鼻糞が食べたい。



*



さて、この貴重な経験から私が何を得たのか。断言しておくが、何も得ていない。敢えて言うなれば、「鼻糞食いのミットモナさがどんなに根本命題であろうとも、取引先の提案してくる契約条件はちゃんと聞いていないと分からない」ということ。



薄々お気づきかもしれないが、こういうタイプの人間はサラリーマンにはあまり向いていない可能性が高い。大切な事が急激にどうでも良くなって、どうでも良いことが急激に大切に思えてくるのは、何かしらの、深刻な病気なのだ。


もしも、貴方が会食中に鼻糞や耳毛やヘソゴマに思いを馳せてしまう傾向があるのであれば、もしくはその他のどうでも良い何かが脳内に繁殖して思考が犯されてしまう経験があるのであれば、退職を検討する必要があるかもしれない。


いつかその病は貴方の根本をも蝕み、仕事もスキルも人脈も昇進も、何もかもがどうでも良く感じられてしまう日が来る。その後に待ち受けるのは完全なる宇宙world。


そういう人間は冷静に考えて社会人失格、いや、霊長類失格なのであります。テヘペロ♡


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