広告を作りたいわけでも、売りたいわけでもなかった。それでも、理系の彼はファーストキャリアに電通を選んだ──。
国内最大手の広告代理店・電通。新卒の学生の多くが営業やCMプランナーを志す中、志村彰洋さんは入社後、新規事業開発にキャリアの多くを捧げてきた。
そこで生きたのは「理系の使い方」。大学で通信技術を学んだ経験を応用し、新規案件を政府や企業から獲得してきた。現在は、ゲノム技術で新たなビジネスを起こそうと企てる。
「文系も理系も関係ない。『自分という系』が大事なんだ」。難解な数学の問いにも似た志村さんの言葉の中には、人材のコモディティ化に陥らないための戦略が詰まっていた。
特集「理系異端児のキャリア論」。今回は、異色の電通マンの脳内に迫る。
欲しかったのは、ディズニーランドを呼び寄せる交渉力
志村 彰洋(しむら あきひろ):慶應大学大学院理工学研究科修了。2006年に電通に入社し、関西支社に配属。学生時代に通信を研究した経験を生かし、新規事業開発を担当。他にも、国策事業、先進技術・システム開発のコンサルティング事業と、幅広い案件に携わる。現在は京都ビジネスアクセラレーションセンター事業共創部長として、ゲノム技術をビジネスに活用する社内外横断組織「Smartcell & Design」をけん引する。
──志村さんの経歴を見ると、仕事の幅が広すぎて「何をしている人なのか分からない」という印象を受けてしまいます。広告代理店の仕事がしたかったようには思えなかったんですが、新卒で電通に入った理由は何だったんでしょうか。
志村:何がやりたいか分からなかったから、電通にしました。僕はすごく飽きっぽい性格で、とにかくいろいろなことをやりたかったんです。電通は何をしているのかが分からないくらい、いろいろな事業をやっています。組織に入るイメージも持てなかったので、社内で転職できるくらい仕事が変わる会社でないと、入れないなと思いました。
──研究者として大学院までの専門性を極めるイメージは持てなかった、ということでしょうか?
志村:ちょっとはイメージしていました。ただ、研究を直球でやればやるほど、ビジネス的な交渉やロビーイング(※)が多かったんです。
僕は人と同じことをやるのがめちゃくちゃ嫌いで、大学院では可視光通信というのを世界に先駆けて研究していました。電波の代わりに、電球の明かりといった光を使って通信する「光のWi-Fi」のようなものです。部屋の明かりを使って通信すれば、電波のように部屋の外から傍受されることもないので、この部屋だけで有効なセキュリティーが生み出せます。
可視光通信だと、電波法の対象外なんですよ。そうすると、「どういうルールを作るのか」「どんなプレイヤーを巻き込んだらビジネスになるのか」を考えることになる。学生時代に「直球で研究しても、やりたいことの社会実装をする近道ではない。いろいろな人と連携しないといけない」と気づいたんです。
(※)……自分たちの主張や活動が実現しやすいように、キーパーソンに働きかける活動
──テクノロジーを通して社会のルールや前提を変える瞬間に携わりたいと思っていたから、そう考えたのでしょうか?
志村:そういう根本的な欲求は今でもあります。手段としてのテクノロジーを知らないと、できることが思いつかないので。
一方で、最先端の技術に関わることをしようと思ったら、同じくらい激しくアナログで交渉しないといけません。それこそ、電通OBの堀貞一郎さんが東京ディズニーランドを日本に持ってきたときのロビーイングくらいしっかりやらないと、やりたい実験の法的な許可も出ないこともあります。事前に根回ししてめちゃくちゃ段取りを整えてやる必要がありました。ずっとプログラミングを書いている人だけでは、実現しないんです。
電通に入るときには「R&D(企業の研究・開発)のような仕事がやりたい」と言いました。電通はコミュニケーションカンパニーですが、通信もコミュニケーション。デジタル技術を使う話は、これからのコミュニケーションの分野で出てくると思っていました。研究みたいなマターを、電通のような世界一ロビーイングが得意な会社でやれば、成果が出せると思いました。
Google検索にない仕事で第一人者のポジションを
──入社後は実際に、R&Dのような仕事が多かったのでしょうか?
志村:関西に唯一、研究をやっているような部署があり、配属されました。国の研究開発プロジェクトにも応募するようになると、経済産業省などのIT技術を活用する案件に採択されるようになりました。若いときからそういうことばかりやっていると、どんどんエクストリームな案件ばかりになりました。
例えば、東京オリンピック関連のビジネスだと、うちの会社なら「スポンサーに売ってこい」って話になりますが、僕のところにはサイバーセキュリティの相談が来ました。大きなプロジェクトに対して、特許などの知的財産を武器にして違うアプローチもできました。そうすると入社3年目くらいから、社内でも「治外法権」みたいな扱いになってきて。クライアントからお金をもらいながら、好きなことができるようになってきました。
──特許や技術といった「自分の切り札」を持つことで、会社にいながらやりたいことができる環境を自分で作っていったのですね。
志村:そうです。アイデアという形態はパクってなんぼなので、早いもの勝ちになる。でも、特許は唯一無二で、権利がプロテクトされている。自分が第一人者であるという証拠を作って、入れない領域に入り込むことができます。ロビーイングのカードにもなります。
僕がずっと考えているのは、「権利化できるものなのか」「検索して引っかからないものなのか」。これって、理系の論文のサーベイ(検索)と同じなんです。理系の研究の成果は、今までの社会との差分を生み出せたかで決まります。その考えだと、ビジネスでもグーグルで検索してヒットしたら、グーグルがやればいい、となります。電通に入ってから仕事は「志村に聞かないと、進まないから」と、単価などを自分で決められることが多いですが、それは理系でいう差分です。新しい一歩を踏み出し、新しい景色を見た人だけが得られるものです。
自分だけの強みを手にする手段は「差分」か「見せ方」
──研究で新しい価値を出せたかというところが、ビジネスで新しい価値を出せたかに変わったんですね。理系としてやってきたことと今の仕事との相性の良さを感じます。
志村:僕は理系か文系かと考えるよりは、「自分という系」を作ることが大事だと思っています。
──どういうことでしょうか?
志村:例えば、面接で誰かと似たようなことを言う人が出てくると、僕の頭の中には、前に同じようなことを言った人の顔が浮かんできます。これは、自分という系が確立していないということです。
──「サークルの副代表やってました」と言う学生ばかりが面接に来ると、面接官からは「また副代表かよ」と同じカテゴリーで記憶されてしまうようなものですね。
志村:仕事での自分の価値も同じように考えると、「あなたが必要だから」と呼び出してもらえる場面をいかに作るかが大事です。これまでを振り返ると、呼び出してもらうための実績を作れてきたと思います。自分という系が確立できたら、呼び出されるし、使いまくられるようになります。
──自分にしかできない役割や価値が「系」になるのですね。ただ、自分という系が分からなかったり、変えたいと悩んだりする学生もいるかもしれません。もっと言うなら、就職活動のとき「自分だけの強みがない」と悩む学生がいます。どうすればいいでしょう。
志村:まず理系的なアプローチから考えてみましょう。新しい系をつくるには、社会との差分を見いだすことです。今までの社会との違い、変化する点を見つけ、それをビジネスにつなげることが、自分だけの強みにつながります。
──新しい発見をすることで、社会に新たな価値を提供するアプローチですね。ノーベル物理学賞の受賞にもつながった青色発光ダイオードは、まさに差分から生まれた価値だと思います。差分の他にも、自分だけの強みをつくる方法はあるのでしょうか。
志村:「系を再定義する」という方法もあって、文系的な考えが大きいです。既知をもう一度未知に持っていくのが再定義です。「そんな考え方をしたら、既存の概念が分からなくなるよ」という問い直しや解釈は文系が得意な気がします。
──面白いですね。確かに、科学的に説明できる自然現象を、「本当は妖怪のせいなんじゃないの」って捉えると文系っぽいです。見せ方を変えるというのも大事なポイントなのですね。
志村:再定義や問い直しをするのが得意な人はいて、僕もどうしているのか聞いてみたいです。赤字でも「ダメだ」と捉えるのでなく、「投資しまくっているんだから、赤が出るでしょ」と捉えることもできます。競合プレゼンなんてどこも出している内容は同じなんてこともあります。そのとき「この人だったらいい」となるのは、差分の勝負ではなく見せ方の勝負です。
テレビCMという「ルール」を作り、広告界の王者になった電通。ゲノム領域にも飛び込む
──志村さんは最近、通信技術だけでなくゲノム技術の活躍の場を広げています。毛色が違うように思うのですが……。
志村:みんなが「デジタル」って言ってくると、急にやりたくなくなるんです。これも差分の考えと同じで、みんながやっている領域を超えたいと思い、ゲノムに行ったんです。僕は否定されたらされるほど燃えるんです。ゲノムへの否定的な意見も多いので、一泡吹かせたいと思うようになったんです。
──ただ、将来成功するか分からない分野に関わるのはリスクもあります。
志村:人と違うことをやりたいという一心です。リスクかどうかは分かりませんが、価値が算定できない領域を突破した方が、ファーストペンギン、ルールメイカーになれる可能性が高いです。今いる自分の領域を超えることが大事です。周りと同じことをしても、コモディティ化していきます。
電通が成功した新規事業でいうと、テレビ放送が始まったときにコンテンツの隙間を作り、そこを広告枠として売ったことが挙げられます。これは、最初に気づいた人しかルールを作れません。それと同じようなことをやりたいと思っています。スタートアップだと失敗すればつぶれる可能性があるかもしれませんが、大企業だからこそリスクを取れます。
ロジカルに考えれば解は同じ。「つまんねえな」という感情を忘れるな
──最近、上位校の理系学生の間では「エンジニアでなければコンサルタント」という流れができつつあります。理系学生の中にある就活のトレンドのようなものを志村さんはどのように感じますか。
志村:理系はロジカルな考えが得意なのかもしれません。「でも、そんなの機械がやるよ。ちょっとバカになってみよう」と言いたいです。
──どうしてバカになる必要があるのでしょうか?
志村:ロジカルシンキングのワークショップを10回くらいやると、どのクライアントもほぼ同じ解に行きつきます。そんな人材ばかりになれば、意思決定も同じになり、コモディティ化していきます。反対に、機械に「ちょっとバカなチョイスしてみろ」と命令するのは難しいです。
そう考えると、今の世の中って、矛盾している方がすごく大事になるんです。ちょっと非合理に考えられる術を身に付けて、コンサルが人気の社会と向き合ってみたら「ん? 本当にコンサルやメーカーが第一チョイスなのかな」と考えるきっかけにはなるかもしれません。僕が電通を選んだのも、整合性が取れていなかったからです。面接で会う人みんなが違うことを言っていた。だからいいと思った。
──でも、バカになれって言われてなれるものでもないような気がします
志村:確かに、非合理に考えることを突き詰めるのは、大変だと思います。ロジカルに導き出せる選択肢以外のいろいろな方向性を考えないといけないですから。でも、それができるようになれば、どんな面接の質問にも答えられるようになりますよ。ロジカルに考えようとしたら、面接ではみんなと同じような答えになります。非合理に考える癖を付け、それでも合点のいく解を出せるようになれば、どの職に就けるし、その後も苦労をしない気はします。
──非合理に考えるために大切なことは何でしょうか?
志村:「つまんねえな」という感情は捨てたらダメです。僕は「一回しかない人生、それやんの?」と自分に問いかけます。仕事をロジカルにやると、デジャブのように同じ内容ばかりで「つまんねえな、早く終わらせよう」ってなってしまいます。もし仕事で一発当てたいなら、毎回違う企画書を書く方が楽しいですよ。
「フジテレビと電通の両方に入りたいです」。面接には戦略が必要だ
──志村さんの就職活動はいかがでしたか。
志村:僕は就職活動そのものよりも、異能・異分子に会う方が楽しかったです。ずっと研究室で通信の話ばっかりしていたのに、急に違う人と会える。しかも、どんな会社もエース級の社員が出てくるなんて、ほとんどないです。
面接では研究について「世界で初めてです」と切り出すと、イニシアチブが取れました。人間って初めてのことを話され、自分の無知につけ込まれると、不安になるんです。そこで一気に高圧的に出る。理系はその武器があります。文系だって自分にしかないものがあると思います。それを面接官に話して「すごいね」と言われたときに喜ぶのでなく、先手を取る。面接官とは対等なんですから。
僕は企業が採用を1to1でやっているのがムカつくんです。最強のチームを結成して「この人とこの人と一緒なら入ります」と言ってもいい。この方式が時流になり、最初にやった企業は採用のブランディングにもなるかもしれない。人事はもっとクリエーティブを発揮できると思います。
かつて採用活動で会った学生の中に「フジテレビと電通の両方に入りたい」と言った学生がいました。「めっちゃいい!」と思いました。「そうしないと、やりたいことができないんだろ」と言いました。
──そんな学生がいたら、めちゃくちゃ印象に残りますね。
志村:他にも有名なコーヒーチェーンの運営会社を志望企業に挙げて「入りたい」とずっと言ってきた学生がいました。最高に面白かったです。もし、面接でこんな学生に会ったら、普通は「ここ電通なんですけど……」と思うのではないでしょうか。
でも、同じことを他の企業にもやっていたらどうでしょう。このコーヒーチェーンに入るために有名企業の面接を受けて、名を売るとか。これってロビーイングなんですよ。それに、入った後は有名企業の人事と軒並み知り合いなんて他にはない強みですよ。これくらい、戦略的にやってもいい。こう考えれば、理系とか文系とか関係ないですよ。
【撮影:保田敬介】
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※こちらは2019年10月に公開された記事の再掲です。