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地球から「8分30秒」の職場。人類共通の資産を築く、宇宙の仕事

2017年4月27日(木) | 8,138 views

ワンキャリアが総力をかけて行う「WORLD5特集」。

世界経済フォーラムに認定されたYGLの5名と、コーディネーター1名が登場します。

今回、宇宙飛行士・山崎直子氏にインタビューする機会を得た。彼女の話を通じて「働く楽しさ」を感じてほしい。

8分30秒。「これが宇宙なのか」

山崎直子:

宇宙飛行士。東京大学工学部航空学科卒業。同大学航空宇宙工学専攻修士課程修了。NASDA(現JAXA)にエンジニアとして勤務後、宇宙飛行士に認定。スペースシャトル「ディスカバリー号」によるSTS-131(19A)ミッションのミッションスペシャリスト(MS)として参加。ロードマスター(物資移送責任者)としてミッションを遂行。2011年にJAXAを退職。『夢をつなぐ 宇宙飛行士・山崎直子の四〇八八日 (角川文庫)』『宇宙飛行士になる勉強法』『何とかなるさ!』など。


KEN:宇宙。それは誰もが一度は見上げ、憧れるような存在です。山崎さんは、10年以上も続く訓練を経て、宇宙飛行士として働かれました。

これまでの仕事の中で、一番感動した瞬間を伺ってもいいでしょうか。


山崎:やはりスペースシャトルが打ち上がって、8分30秒後に宇宙に到達した際は、「ようやくここまできたのか」という思いと、「これが思い描いていた宇宙の姿なのか」という気持ちで感動しました。あとはその後、地球の周りをゆっくりと回って、3日後に国際宇宙ステーション(ISS)とドッキングした際も、かなりの感動がありました。

というのも、私はエンジニア時代にそのISSの開発に携わっていて、みんなで開発して出来上がったISSに、いざドッキングして中に入っていく際の感動はひとしおでした。

もう一つは、野口聡一さんも同時にISSに長期滞在していて、日本人が2人同時に宇宙にいるということも初めてで、嬉しかった。「日本もここまできたのか」という気持ちになりました。


KEN:まさにこれまでの積み重ねが繋がった瞬間ですね。

この特集の目的は、仕事の魅力を伝えることにあります。例えば学生や若者に「宇宙の魅力ってなんですか」と聞かれた時には何と答えていますか? 


山崎:自分自身を見つめ直すことができること、だと思います。

宇宙を知ることももちろん大切ですが、宇宙の中の自分、宇宙の中の地球というものを、ものすごく意識する。無重力ももちろん面白いのですが、地球に戻って来た時の重力がとても新鮮で、普通に吹いている風や、緑の香りなど、日常的なものがとてもありがたく感じられる。一度日常から離れ、宇宙からの視点を持つことによって、自分自身を見つめ直せる点、これが宇宙飛行士という仕事の魅力なのかなと思います。


KEN:例えるなら、ずっと実家で暮らしていた子が、一人暮らしを始めて親の大切さに気づいた。そんな「ありがたみに気付く」の極めて大きいバージョンといった認識なのでしょうか。


山崎:そうですね。ご飯が毎日出てくることが当たり前じゃないと気付くように、宇宙から帰って来ても、普通に水が飲めること、普通に食事が取れることのありがたみを感じることができるようになった。海外旅行に行って、日本の良さを再発見できるというのと共通するものかもしれません。

身体感覚のシフト。「相対でものを見る」という視点を得た

KEN:とても面白いです。

宇宙に行くと、「上下左右の感覚」がなくなるという話を聞いたことがあるのですが、これは宇宙から地上に帰ってきたとき、ある種既存の価値観が破壊されるような経験でもあると思います。「物理的な感覚」で変化はありましたか。


山崎:ありました。私たちは、普段、「上を見て」とか「右の方」と言いますよね。でも、宇宙船の中では絶対的な軸がなくなるので、相手の軸に立ち「あなたの上」と言うか、もう少し俯瞰した形で宇宙船の位置を軸に「宇宙船に対して右に1メートル」と言うか、どちらかの軸を使わなければなくなるのです。


KEN:つまり「相対的なもの」になるという感覚でしょうか。


山崎:そうです。宇宙では相手側の相対的な軸か、客観的な軸を使わなければならず、「自分」という軸は自ずと使えなくなりました。だから宇宙から帰ってくると自然と相対性を意識すると思います。「あなたの右」「あなたから見た、私」という感覚になるためです。

人が作ったのなら、人が変えられる。「国境」の概念の希薄化

KEN:相対軸への変化に関連して、私は国境という概念も変わるのではないかと思うのですが、例えば、日本に住んでいる人が欧米に行ったら「自分はアジア人なんだな」と思うのと関連して、「国境」という感覚がさらに変化するのではないかと思います。抽象的な質問にはなるのですが、国境に対する見方というものはどのようになるのでしょうか。


KEN(聞き手):

新卒で博報堂経営企画局・グループ経理財務局にて中期経営計画推進・M&A・組織改変業務を経験。米国・台湾への留学を経て、ボストン コンサルティング グループで勤務。その後、ONE CAREERにジョインし、執行役員CMOに就任。一方で、23歳の頃から日本シナリオ作家協会にて「ストロベリーナイト」「トリック」「恋空」等を手掛けたプロの脚本家に従事。『ゴールドマンサックスを選ぶ理由が僕には見当たらなかった』『早期内定のトリセツ(日本経済新聞社/寄稿)』など。


山崎:よく宇宙からは「国境は見えない」といわれますが、実はある程度見えます。正確にいうと、見えるものもあります。

例えば、インドとパキスタンの国境には密輸を防ぐために国境フェンスがあり、オレンジ色に照明されています。北朝鮮と韓国の間は、夜になると、北朝鮮は暗く韓国は明るいといったように、線がくっきり見えます。つまり、人工的なラインは見えるんですね。それを通じて、結局国境も「人が作ったものなんだな」と感じられます。人が作ったものである以上、変えることができるし、変わってくることもあるだろうと思いますね。

※参照:https://earthobservatory.nasa.gov/IOTD/view.php?id=52008


KEN:人が作ったものであれば、人の力で変えられる。シンプルですが、説得力がありますね。

私は将来、国家戦略の本を書きたいと思っています。具体的には、「貧しい国がどうやって素早く豊かになるか」という本です。このアイデアをとある専門家の方に話したら、これからの時代は「国家戦略じゃないんだよ」といわれました。その意味は、国家という単位はなくなり「人類」という括りになる。だから、人類戦略という括りで、どうやって経済的・非経済的に豊かになっていくかで本を書いた方がいいといわれました。なるほどと思いました。


山崎:面白いですね。私も「国境」の概念というのは、これから変わっていくと思います。

すでにグローバル化で、お金・物・人の流れが流動化しています。それに反動した内向の動きが世界的に出てきているのも事実ですが、例えば国際的に拠点を持っている会社であれば、むしろ国家的な違いよりは会社の風土の影響の方が大きいし、NPOの方も国際的に展開している組織だと国の違いではなく組織としての考え方の特徴が最も大きい。

国の中でも意見が割れることもあり、国で一つにまとまるというよりは、現実はさまざまな思想が混在している世の中なんだなと思います。だからこそ、みんなが少しずつ幸せを最大化できる最大公約数のようなビジョンを策定できるかどうかが、今後はとても重要になってくると思います。それぞれの国の規制や政策にその国としての考えが現れているわけですが、それには必ずしも国という単位である必要はなく、必要に応じて地域や国境を越えてみんながまとまれる単位でビジョンができれば良いと考えるようになりました。

人類共通の資産を築く、国際宇宙ステーションの組み立てミッション

KEN:先ほど、仕事を通じて「自分が感動した瞬間」を伺ったのですが、「社会へのインパクト」という点では、一番印象的だった仕事はなんでしょう。


山崎:「国際宇宙ステーションの組み立て」です。

というのも、国際宇宙ステーションは完成させて終わりではなく、それを次の世代に引き継いでいくものです。これは日本だけでなく、米露欧加を含む15の国が協力して人類共通の財産を築いていく過程です。国際協力でこれだけのものを宇宙に造れるということは自分にとってインパクトがあったし、それを人類に対して引き継いでいくという観点で見ても、世の中に対してのインパクトは大きかったと思います。


KEN:やはり「人類の財産になる」というような話は結構出るのでしょうか。


山崎:そうですね。最初は私も、「かっこいいー」「キザだなー」と思っていたのですが、でも例えば、NASAの宇宙飛行士の室長さん、100人くらいの宇宙飛行士やサポートしてくださる方々を束ねている室長さんは、毎週の定例ミーティング等でそういうことを言うんですよね。もちろん雑多な報告事項もあるんですが、やはり必ず、「我々は人類共通の子孫繁栄に向けてやっていくんだぞ」ということを要所要所で言うんですよね。それを繰り返し聞いていると、やはりやる気が出てくるんですよね。


KEN:なるほど。宇宙飛行士の間では「人類共通の資産をつくる」と本当に言ったりするんですね。ベンチャー文脈でいうと「俺たちは世界を変える」とかですね。実際、僕らも言っている気がします(笑)。

現在は「浦島太郎」として人生を歩むタイミング

KEN:宇宙での飛行経験って「究極的な経験」だと思うのですが、気になるのが、帰ってきた後の話です。僕が山崎さんの立場であれば、「次の目標ってどうしよう?」となる気がします。どのようにしてモチベーションを保っているのでしょうか。


山崎:おっしゃる通りで、次の目標は悩むときはあります。いつかもう一度宇宙に戻りたいという気持ちはあります。今すぐにというわけではないですが、時間を掛けてできたらいいなと思っています。また多くの人が宇宙に行ける時代になるためには、国の宇宙開発と同時に民間の宇宙開発も栄えて、お互いに相乗効果で発展してほしいと思っています。

もう1つ違う観点で話すと、JAXA宇宙飛行士の選抜試験の中で、心理テストの一環で、過去にあった「桃太郎と浦島太郎だとどっちが好きか」という質問を思い出します。


KEN:試験で「桃太郎と浦島太郎、どっちが好きか」と聞かれる……その意図はなんなのでしょう?


山崎:桃太郎は「仲間と協力して鬼を退治する」という明確な目標があって、使命感や責任感もある。一方浦島太郎は、「開けちゃいけない」と言われた玉手箱を開けてしまうような人間くさい面のある人。仕事の面を考えると、桃太郎の方が向いているのかなと思われがちなのですが、必ずしもそうではない。短期的に目標が見えている際には、その目標に向かってみんなでリソースを集中させてやっていくことも重要。

しかし人生はそういうものばかりではない。やはり訓練は長丁場だし、ゴールが見えにくいこともよくある。計画通りに進まないことも多いし、予期しない出来事もある。そういった不確定な状況だと、不確定な中でも楽しめる、目標が明確でない時でも少しずつ楽しさを享受できるような楽観さも必要。宇宙開発でも、桃太郎のように短期的なゴールを考えたあとは、浦島太郎のように、そこで色々なものを見聞きして楽しみながら、次の目標を探すという長期的なフェーズに入る。このように両方のフェーズがあってもいいのかなと思います。現在は「浦島太郎」の状況で、短期的な目標もいくつか持ちつつ、次に進んでいる状態といえますね。


KEN:抜群にうまいメタファーです。桃太郎タイプのビジネスパーソンからすると、「浦島太郎でもいいのか」と新しい示唆を得られそうです。

日本が抱える「宇宙教育」の問題

KEN:後は、山崎さんは教育にも、とても興味を持たれていますよね。ここら辺も将来やりたいことなのでしょうか。


山崎:はい、やはり長丁場になってきますが、宇宙に関われる人が増えてほしいと思っています。一口に宇宙に携わる人といっても、人工衛星を造る人、ロケットを造る人、宇宙に行く人、研究する人、そしてその中にも技術者、開発者もいれば、文系の人間もいる。やはり、契約等には文系の人間も必要だからです。これらすべての領域に関して人材が育ってきてほしいなと思います。


KEN:それはあくまで宇宙教育というところに限定した想いなのでしょうか。それとも、教育全体への意識なのでしょうか。


山崎:両方かなと思います。今私には子どもがいて、一人が中学生で、下が5歳なんですけれど、やはり子どもがどういう風に育っていってほしいか、この子にはどのような教育が合っているのかということを考えることはあります。もちろん、幅広く幼児教育から大学教育まで個人的な興味は持っていますが、それにプラスして、宇宙教育も大切だと思っています。宇宙教育とは、宇宙のことを学ぶことだけではなくて、宇宙を切り口に興味を広げ、自分自身を見つめることだと思うのです。例えば、今の生物学は、地球上の重力1Gを前提としていますが、無重力の世界や、月の1/6Gの世界や、いろいろ環境が違うと生物の遺伝子の機能も変わっていくことがあることが分かってきました。私たちの体も宇宙に行くと変化があるのですが、1Gという環境の地球だけが全てではなく、広い宇宙の一部である、という視点を持ち込むことで学問領域が広がります。


KEN:めちゃくちゃ興味深い話ですね。つまり、いまある学問領域の見方そのものを変えた教育こそが、宇宙教育だと。


——後編:「苦しい業務も全てが楽しい、それが天職」

宇宙飛行士は、天職だったと語る山崎さんですが、「天職は、最初から見つかるものだけではない」と語ります。キャリアの歩み方を伺います。


「WORLD5特集」の公開スケジュール

ライフネット生命社長 岩瀬大輔 
 ・99%の人は天職に出会えていない。でも、それでもいいと思う
 ・パワポで世界は変わらない。彼がハーバードを経て起業した理由 宇宙飛行士 山崎直子 
 ・地球から「8分30秒」の職場。それが宇宙
 ・苦しい業務も、全てが楽しい。きっと、それが「天職」
Xiborg代表/義足エンジニア 遠藤謙
 ・「パラリンピックは人類の未来」
 ・最短距離で世界一になるため、根回しなど面倒なことは不要だ
国連出身・コペルニクCEO 中村俊裕 
 ・官最高峰の国連を経て、彼が「コペルニク」を創立した理由
 ・今、国連に入るってどうなんですか?就職先としての「国連のリアル」
投資銀行出身・ビズリーチCEO 南壮一郎  ・「世の中にインパクトを与える事業を創りたい」南氏の天職と理想のリーダー像に迫る  ・自分のことを信じよう!就活生に贈るメッセージとは?
世界経済フォーラム出身/コーディネター 長尾俊介
 ・「MBAで流行ってる業界には行かないこと」就活生へメッセージ
 ・僕らは多分、100歳まで働くことになる

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北野唯我(KEN)
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北野唯我(KEN)

北野 唯我(きたの ゆいが):株式会社ワンキャリア 取締役CSO/作家
新卒で博報堂の経営企画局・経理財務局勤務。米国・台湾留学後、ボストンコンサルティンググループを経て、2016年ワンキャリアに参画、現在取締役として戦略・採用・広報部門を統括。2021年10月、同社は東京証券取引所マザーズ市場に上場。作家としても活動し、30歳のデビュー作『転職の思考法』(ダイヤモンド社)が20万部、他に『天才を殺す凡人』(日本経済新聞出版社)などで、著者累計40万部。

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