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三井物産内定を辞退した東大生が、Jリーガーになったその後。「安定」「王道」は外しても「どうありたいか」というゴールは変わらなかった

キャリア 生き方就職 インタビュー
2022年3月1日(火) | 41,734 views

プロスポーツの世界において、東大卒であることは異色の経歴として扱われる。

文武両道を極めたこともそうだが、「就職には困らない」という安定を捨て、成功するかどうかは不透明なスポーツの世界に足を踏み入れた決断そのものが注目される。

添田隆司さんも、その1人だ。2015年、三井物産の内定を辞退し、史上2人目の東大卒Jリーガーとなった。

「これまでの人生、ずっと安牌(あんぱい)を切ってきた」と話す添田さんに、クラブは「三井物産よりもJリーガーの方が安牌だと思う」とオファーを出した。

矛盾した言葉のように思うが、ユニフォームを脱いだ添田さんは「今なら言おうとすることは分かる」と話す。そして、引退後のセカンドキャリアも、理にかないつつも「ずれたポジショニング」を選んだ。

筆者の僕自身、東大を卒業して新卒で地方新聞の記者になった。添田さんほどではないが「変わっている」とたまに言われる。でも、自分のキャリアを豊かにしてくれたのは、変わっている経歴そのものではなく、その中で出会った人たちの生き方だった。

東大生からJリーガーになった経歴だけを見ると、遠い存在だ。でも、流れに身を任せてプロスポーツの世界に入り、多くの挫折や出会いを経験した添田さんの生き方は、就活という大きな決断が迫る人の背中を押せるのではないか──。

キャリアを豊かにする生き方を探す新企画「生き方就職」。今回は、添田隆司さんと王道のキャリアから少し外れる生き方を探った。

4年冬にJ3下位チームからオファー。「三井物産よりJリーガーの方が安牌だぞ」

吉川:添田さんは三井物産の内定を辞退して、J3(Jリーグ3部)の藤枝MYFC(以下、藤枝)に入団されました。サッカー選手になる夢をかなえるため、内定後も入団できるチームを探していたのでしょうか。


添田:もともとサッカー選手になるつもりは全くありませんでした。入団前に藤枝の練習に参加したときも「自分のレベルでは無理だな」と感じました。

添田 隆司(そえだ たかし):東京大学経済学部卒。在学中はア式蹴球部(サッカー部)で主将を務めた。2015年にJ3藤枝MYFCに入団し、史上2人目の東大卒Jリーガーとなる。藤枝MYFCではクラブの運営会社で社員として働きながら、3シーズンで通算10試合に出場。2017年8月、アミティエSC京都(現おこしやす京都AC)に移籍し、同年12月に現役を引退した。おこしやす京都AC取締役を経て、2018年12月、同クラブの社長に就任した。


吉川:無理だと思った点は、どこだったのでしょうか。


添田:プレーの判断スピードですね。大学4年の12月、東大のヘッドコーチからの紹介で藤枝の練習に参加しました。当時は何が違うのかも分からないくらい、ただ「無理だ」と感じました。藤枝はその年は下位で終了したチームでしたが、「それでもこんなにレベルが高いんだ」と感じました。

だから、まさか誘われるとは思いませんでした。練習が終わった後、クラブ社長の小山淳さんと面談しました。そこで「三井物産に行くよりも、Jリーガーの方が安牌だと思うよ」と言われました。


吉川:安牌、ですか? 実力の世界のJリーガーの方が収入は不安定な気がしますが……。


添田:ここでの安牌は、「つぶしが利く」という意味です。これまでの人生を振り返ると、自分は安牌の人生を歩んできました。高校進学のときも、サッカーの強豪校に進む選択肢もありましたが、東京の進学校を選びました。東大に入ったことも同じ考え方からですが、その「安牌」を手に入れるために勉強を頑張りました。

ところが、小山さんは企業経営を長くされていて、学生だった自分とは全く違う視点で物事を見ていました。当時は意味が分からなかったのですが、今は言おうとしていることが分からなくもないです。「東大を出てJリーガーになった、変わったやつ」であるから、会える人もいますから。


吉川:確かに、「つぶしが利く」人よりも、「替えが利かない」人になる方が大切ですよね。でも、プロでは通用しないと分かっていて三井物産の内定を捨てるのは、つらくないですか。

東大生もプロの環境でやればサッカーがうまくなる? その「実験材料」だった

添田:面談から2週間の猶予をもらい、相当悩みました。サッカー選手になると、力不足でつらい思いをするのは分かっていましたから。一方で、三井物産に行けばそれなりに給料も保証されますし、海外でやりがいを持って働くというイメージも描きやすかったです。

「つらい思いをするのは嫌だな。せっかく大学まで勉強して、スポーツもそこそこ頑張ったんだから、社会人になったらのびのび楽しく働きたい」と思ったこともありました。


吉川:「いい就職先」は学生時代まで頑張ったご褒美みたいな部分もありますよね。それでもサッカーの道を選んだ決め手は何だったのですか。


添田:「今しかできない」と思ったのが1番の理由です。サッカー選手は、なりたくてもなれない人がたくさんいる職業です。私自身、「やり方を工夫していれば、もっとうまくなれたのでは」という思いもありました。それを試す最後のチャレンジでした。


吉川:自分自身の可能性を試してみたかったのですね。


添田:そもそも小山さんがオファーした理由も「東大のサッカー部のキャプテンを、Jリーグのようなレベルの高い環境で戦略的に育てれば、うまくなるのではないか」という仮説を持っていて、ずっと試したかったからだったそうです。


吉川:語弊があるかもしれませんが、「実験材料」として入った、と。


添田:この話を聞いたときは「変な人だな」と思いました(笑)。


吉川:そして、クラブスタッフを兼務するアマチュア選手として、藤枝と契約を結びました。現役生活のスタートはどうでしたか。

実力はぶっちぎりの最下位。受験勉強から見つけた生き残る方法

添田:実力はぶっちぎりの最下位でした。最初の3、4カ月はミスばかりで、ミスをしないように縮こまる悪循環でした。救いだったのは、自分がそういう状況になると予測して、原因も認識していたことですね。


吉川:自分を客観的に見つめる視点は、勉強を頑張ってきたから身に付いたのではないでしょうか。


添田:そうかもしれませんね。特に受験勉強を頑張ってきたのは大きかったのかもしれません。

例えば、模試の結果が40点だったとしても「それは悪いことではなく、ただ40点なだけだ」と捉え、「合格ラインの80点に到達するために、何をするか」を考えてきました。常に自分をメタ認知してきたことは、良かったのかもしれません。


吉川:サッカーの場合、その実力差をどうやって乗り越えたのでしょうか。


添田:私がプレーで大事にしたことは「誰よりも走り続ける」でした。試合に出る方法を考えたら、「自分は技術やフィジカルでは勝てない。だから、走ることに振り切ろう」という結論になりました。

振り返ってみると、東大生の特徴は「見切りを付けるのがうまいこと」だったのかな、と思います。勉強での「頭の良さ」と、サッカーでの「頭の良さ」は違いますから。


吉川:受験も戦略が大事な部分もありますよね。藤枝では10試合に出場されましたが、この結果をどう受け止めていらっしゃいますか。


添田:今思うと、プロフェッショナルの選手ではなかったと思います。私は現役時代、「選手として大成したい」よりも「よりいい選手になりたい」という思いが強かったのです。


吉川:「大成したい」と「いい選手になりたい」の間には差があるのですか。


添田:私が指標として大事にしていたのは、「周りの選手からの評価」でした。試合に出られるかどうかは監督の好み次第な部分がありますが、選手たちから評価されれば、成長している判断基準になると思ったからです。実際に3年目は選手からの評価も高く、成長を感じた年でした。

ですが、その考えはアマチュアリズムが強かったと思います。

例えば、試合に出るために、監督と飲みに行って気に入られることもできました。試合に出て結果を出すにはそれくらいの努力をしてもよかったのだと思います。


吉川:結果にこだわるかどうかが、プロとアマチュアの違いだ、と。その後、添田さんは24歳という若さでユニフォームを脱がれました。引退後、最後の所属先だったおこしやす京都ACの経営側に回ったのはどうしてでしょうか。

偏差値の枠から外れると「変わった経歴」は生きる

添田:まず、クラブはその年、JFL昇格目前まで進みました。そのとき、長い目で見ればこの先のステージで自分がクラブの力になれるのは、プレー面ではなく経営面でした。直近は選手として力になれるかもしれないけど、早いうちに経営に回った方がいいと判断しました。


吉川:でも、社会人ならまだ新卒3年目に当たる年です。第二新卒で就職しようとは思わなかったのですか。


添田:確かに、引退と同時に就職もできたかもしれませんが、この道を進んだ方がいいと判断しました。「○○社の添田隆司」だと会えない人でも、「変わった経歴を持つ添田隆司」なら会える人がいるのでは、と思いました。


吉川:オファーのときの「三井物産よりも安牌だと思う」と言われた理由が分かってきたわけですね。


添田:それが本当に安牌なのかは分からないですが、自分の知見を広げる上では確実にいいです。

藤枝時代から、選手兼スタッフとして経営者の方に会う機会もありました。自分で事業をつくられた経営者の言葉は重みがありましたし、勉強になりました。そういう人と、個人対個人の関係で話せれば、深い話ができると思いました。

そして、「自分は独特のずれたポジショニングにいるな」と自覚できたので、「ずれたままでもいいな」とも感じていました。一方で、大企業に入ると「昔変わったことをしていた人」になってしまう気がしました。


吉川:就活していたときとは違い、偏差値では表せないポジショニングですよね。


添田:恐らく、一般的ではない「Jリーガーになる」という選択ができたから見えてきたのかもしれません。

また、選手兼スタッフとして、地域のさまざまな中小企業の経営者に会えたことも大きかったです。就職活動のときは「いい大学からいい会社に入る」という世界で生きていました。でも、そうでない世界にもすごい人はたくさんいて、自分の世界が狭かったことを教えてくれました。


吉川:変わった経歴は、偏差値の枠組みから外れたときに生きるのかもしれませんね。そして2018年、おこしやす京都ACの社長に就任されました。これからどのようなクラブにしていきたいですか。

サッカークラブを「与える」存在から「使える」存在に。経営者としての大志

添田:プロサッカークラブを「皆さんに使っていただける存在」にしたいです。


吉川:「使える存在」ですか?


添田:はい。目指しているのは、クラブが地域にあるのが自然であり、いろんな人に参画して使っていただける状態です。これまでのプロサッカークラブは、どちらかと言うと「地域のために何かをしてあげよう」という感覚があるのかな、と感じています。


吉川:確かに、クラブはサポーターに感動を「与える」存在な気がします。具体的にはどのようなことを考えているのですか。


添田:例えば、地域の方々が「フリーマーケットを開きたい」と言ったら、試合会場の近くでクラブと一緒に開催できる。フィンテックの企業と一緒に家計簿アプリを開発し、お年寄りに使い方を教えるイベントを開いて、世の中の金融リテラシーを高める。地域の方々を巻き込んで、こういったことができるといいなと考えています。


吉川:クラブの価値を高める活動は、ビジネスマンとしても貴重な経験ですね。


添田:他にも、京都市内では現在、外国人観光客の増加で交通渋滞や混雑が起きる「オーバーツーリズム」が問題になっています。ここで、おこしやす京都ACの外国人選手が市外の観光地をPRすれば、外国人観光客が少し市外に分散するかもしれません。サッカーだとそんな地域貢献もできます。


吉川:クラブとしてはどのカテゴリーを目指したいですか。


添田:2025年ぐらいにはJ2にいるクラブにしたいです。ただJ2に行きたいというよりは、それくらいの位置にいた方がインパクトがあり、住民の方々にも使っていただきやすいからです。「ぜひ使ってください」というスタンスは取り続けたいです。


吉川:個人としての目標はありますか。


添田:実はそんなにないんですよね(笑)。ただ、人間としての器を大きくしたいです。思いやりを持ち、他人を尊重するような人間になりたいです。自分の人間的な成長がクラブの成長にもつながりますし、そうならないとクラブとして大きくなれないですから。

現実か夢かの二者択一。そうではない生き方を見せたかった

吉川:ここで「生き方就職」という企画を始めた理由について少し話させてください。私自身、東大を卒業して記者として8年間働き、大切だと思ったことがあります。それは「頑張る意味」です。東大生もそうですが、世の中には勉強や何かを頑張ることが好きな人がいます。それはとても素敵(すてき)なことです。一方で、頑張る意味を自分で見つけることも同じくらい大切だと、社会に出て気が付きました。私がワンキャリアに転職した理由も究極はそこです。そして、頑張る意味を見つけるヒントになるのが、他者の生き方です。だから「生き方就職」という企画を始めました。

添田さんの生き方は「頑張る意味」も大事にされています。現役時代は何を大事にされてきましたか。


添田:「サッカーか勉強か」「サッカーか就職か」で悩んでいる人たちを後押ししたいと思いました。

例えば、プロに誘われた大学生の中には、「本当はサッカーがしたかったけど、安定のために就職を選んだ」という人もいます。そのときに「サッカーに挑戦してからでも、ビジネスの世界に戻れる」ということを、自分が頑張ることでちゃんと体現したかったのです。


吉川:就職しなくてもビジネスマンとしてやり直せる、と。


添田:そして、勉強もサッカーも両方やりたい子どもに「全然やっていいよ」と言える存在になりたかったです。

もっと試合に出ていれば説得力は持てたのでしょうが、中学生や高校生が「東大出て、Jリーガーになりたい」と思っていたら、「やれるんじゃないの」と後押しすることはできるようになれたと思います。


吉川:就活でも転職でも、人生の大きな決断をするときは「現実か夢か」の二者択一を迫られる場面があります。添田さんの生き方は「そうではない道」を示してきたのですね。

与えられた環境を全力で駆け抜けた。次は環境を変える側に回る

吉川:この企画は「生き方就職」というタイトルなので、この質問をしたいと思います。添田さんの生き方を一言で表すと、どんな生き方でしょうか。


添田:「何をするか」よりも、「どうありたいか」を大事にしてきたのかな、と思います。サッカークラブ代表という肩書も、ある程度流れに身を任せてきたらご縁があり、現在させていただいている面もあります。もちろん、自分の中の「こうであればいい」を考え、サッカークラブで働くことはいい選択だと思っています。ただ、極論を言えばやることは何でもいいです。

どんなステージに自分がいたとしても、「自分がこうありたい」「世の中がこうあってほしい」と思うことが重要です。経験しないと分からないこともあると思いますから。


吉川:添田さんが考えている「こうありたい」を教えてくださいますか。


添田:私の根本は中学生くらいから変わっていないです。野球漫画「キャプテン」の主人公谷口君になりたかったです。彼は文句も言わずに1人で頑張り、結果的に人が付いてくるような存在でした。

中学時代、サッカーがうまくならない時期がありました。一方で周りの選手がうまくなっていくのを見て、いろいろと考えていたときにこの漫画を読みました。彼のようになりたいと思ってから、そこはずっと変わっていません。


吉川:やりたいことは歳を重ねるにつれ、変わることもあります。その中で「自分がどうありたいのか」を考えることが、自分らしい生き方につながるのかもしれませんね。経営者になったことで変わった部分はあったのでしょうか。


添田:今までは与えられた環境の中で、頑張ってきた傾向にあったのだと思います。でも、これからは「日本のサッカーはこういう環境だから仕方ない」ではいけない立場になりました。環境自体も変えていくつもりで頑張っていきたいですね。

編集後記:「頑張る意味」が見つからなかったとしても、絶望しなくていい

就活は、残酷なくらい答えを求められる。会社を志望する理由、将来やりたいこと。自分の中になくても、出さないといけない。

添田さんに就活の軸を聞くと、「ある程度ざくっと決めて、ご縁のあったところで頑張ろうと思っていた」という答えが返ってきた。もちろん三井物産で世界を股にかけて働くことに憧れはあったが、「働いてみないと本当の面白さは分からない。勝手な理想は描かないようにしていた」と言う。

もし今「頑張る意味」が見つからなくても、絶望する必要はないと思う。「頑張っていれば、いつか頑張る意味は見つかる」と無責任なことを言うつもりはない。ただ、添田さんのように自分のいる場所を確かめながら努力を重ねていれば、いつか自分らしい生き方が見えてくるのではないだろうか。

僕も自分のキャリアがどうなるかは分からないが、それを楽しめればいいなと思う。ピッチを転がるサッカーボールの行方のように。

【特集:生き方就職】
・三井物産内定を辞退した東大生が、Jリーガーになったその後。「安定」「王道」は外しても「どうありたいか」というゴールは変わらなかった ・【特別コラボ企画】生き方を狭める“固定観念”に気づいた瞬間。4人の大学生が向き合った就活のリアルを語り合う ・ある学生が就活で学んだ。「予期せぬ出会い」が人生を変える ・やりたいことがない就活生でもいいじゃない。ビビリでミーハーな東大生だった僕が見つけた、リスクなしの生き方 ・「就活だから、こうすべき」に向き合う私たち。固定観念をなくす生き方から学んだこと

※こちらは2020年1月に公開された記事の再掲です。

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ワンキャリ編集部
吉川翔大

東京大学卒業後、2011年に新卒で中日新聞社に入社。長野、静岡、三重の3県で記者として働く。地方のユニークな人々や中小企業を取材する中で「どこに住んでいても、その人らしいキャリアを築ける社会にしたい」と感じ、2019年にワンキャリア に入社。1987年、京都市生まれ。

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