「自分の市場価値を高めたい」「早く成長したい」──AI時代の到来を前に、若手の焦燥感はかつてないほど高まっている。しかし、その視線の先にある「成長」の定義は、果たして正しいのだろうか。
「『自分の市場価値』を第一の目的に置いているうちは、本当の意味での成長は手に入りません」そう語るのは、ラクスルのCEO、永見世央氏だ。投資銀行やPEファンドを経て、同社を売上高750億円超、3年で15社をグループ化する「巨大プラットフォーム」へと進化させてきた永見氏が、なぜこのメッセージをおくるのか。そこには、単なる精神論を超えた緻密な経営戦略と、日本企業の99%の社数を占める「中小企業の力を引き出す」ための秘策があった。
さらに2026年3月には、経営陣とゴールドマン・サックスによるMBO(マネジメント・バイアウト)が成立。上場企業としての信頼に加え、非公開化によってさらなる中長期的な投資判断を可能にする体制を整えている。
リソースやアセットが不足するベンチャーでも、スピードの遅い大企業でもない。圧倒的な「第2創業期」にある同社で未来の新卒に対し、永見氏は何を期待し、どんな打席を用意しているのか。社会を動かす「仕組み作り」の醍醐味に迫った。
<目次>
●日本の99%を占める中小企業の力を引き出す「仕組み」とは
●AIに代替されない理由は、リアルを巻き込んだビジネスモデルの展開
●M&Aで利益を倍増。グループの拡大が生む成長環境
●挑戦機会の「打席」に立ち続けることの意味とは
●ビジョンへの共感が最高の成長を生む
日本の99%を占める中小企業の力を引き出す「仕組み」とは
──ラクスルが掲げる「仕組みを変えれば、世界はもっと良くなる」というビジョン。創業から15年以上経った今、この言葉の持つ意味はどう深化しているのでしょうか。
永見:ラクスルは、新しい仕組みを作ってそれを社会やお客様に提示して貢献していこうというコンセプトで始まった会社で、2009年に松本恭攝さんが創業した頃から、今も変わっていません。
多くの人が「ラクスル=印刷の会社」というイメージを持っているかもしれません。しかし、私たちの本質は「産業の課題をテクノロジーで再構築し、非効率を解消することで、中小企業を中心とした全ての企業の生産性と収益性を上げる」ことにあります。印刷事業はその最初の一歩に過ぎませんでした。
日本のGDPの約7割、雇用の約7割を支えているのは中小企業(SMB)です。しかし、この領域はいまだにFAXや電話、属人的なネットワークによるアナログな取引が多く存在します。また、多重下請け構造の中で利益が分散し、本来価値を生み出している現場に適切な対価が支払われない。この「仕組みの歪(ひず)み」こそが、日本全体の生産性を押し下げている正体です。

永見 世央(ながみ よう):ラクスル株式会社 代表取締役社長 CEO
2004年に慶應義塾大学総合政策学部を卒業後、みずほ証券でM&Aアドバイザリー業務に従事。2006年から2013年まで米カーライル・グループに所属し、バイアウト投資と投資先の経営及び事業運営に関与。その後ディー・エヌ・エーを経て2014年4月にラクスルに参画し、同年10月に取締役CFO就任、2023年8月、代表取締役社長CEOに就任。
──その「歪み」を正すために、どのようなアプローチを取っているのですか?
永見:私たちがやっているのは、単に「古い業界にITツールを入れる」といった表面的なDXではありません。商流そのものに入り込み、需給を最適化するプラットフォームを構築することです。
例えば、印刷事業においては、全国の印刷会社の非稼働時間をネットワーク化し、顧客の注文とマッチングさせることで、低価格かつ高品質なサービスを実現しました。これは、既存のプレイヤーを淘汰するものではなく、彼らの稼働率を上げ、共に成長する仕組みです。
現在、このモデルは梱包材やノベルティと言ったその他数多あるBtoBの調達、物流(ハコベル)、広告(ノバセル)へと広がり、さらには金融領域へと拡張しています。2025年11月には、GMOあおぞらネット銀行のBaaSを活用した法人向け銀行サービス「ラクスルバンク」も開始しました。
私たちの視線の先にあるのは、100万社を超える顧客基盤に対し、あらゆる経営リソースをワンストップで提供する「BtoBプラットフォーム」です。日本の全企業数のうち99%以上を占める中小企業は、これまで大企業に比べて交渉力が弱く、不便を強いられている部分もあります。このマジョリティの底力をテクノロジーで引き出し、点と点を結び、最終的には産業全体を包み込む「面」のインフラを作る。この壮大なパズルを解き明かすことこそが、私たちが定義する「仕組みを変える」ということです。
AIに代替されない理由は、リアルを巻き込んだビジネスモデルの展開
──今、あらゆる産業がAIによる代替(ディスラプト)の恐怖にさらされています。ラクスルが描くプラットフォーム構想は、このAI時代にどのような強みを持つのでしょうか。
永見:結論から言えば、ラクスルの事業は極めてAIに代替されにくいと思っています。なぜなら、私たちが扱っているのは画面の中の記号やデータではなく、物理的な実態(リアル)を伴うビジネスモデルだからです。
現在の生成AIは情報の要約やコードの生成には長(た)けていますが、リアルの現場で何が起きているかということを正しく把握するだけの力は持っていません。例えば印刷物の発注データ1つをとっても、それがどのような意図で、どのような品質を期待して発注されたのかという文脈は、取引の実態を握っているプラットフォーマーにしか蓄積されません。
──ピュアなSaaS企業と、ラクスルのような「EC・マーケットプレイス起点」の企業では、持つデータの質が違うということでしょうか?
永見:その通りです。SaaSなど業務効率化のツールで収集できるデータは顧客データに値します。一方で、私たちが蓄積するのは「取引(トランザクション)」そのもののデータです。
100万社の顧客が何を買い、どのようなサプライヤーと繋がり、いつ決済したのか。この膨大な「リアルな取引データ」は、AIが学習しようにもアクセスできない、重要な資産です。この蓄積を生かし、中小企業の創業から、マーケティング、お金の課題やDXまで一気通貫で中小企業をサポートしていきます。
そのため、私たちはAIを「脅威」としてではなく、既存の仕組みをさらに効率化し、顧客体験を磨くために活用することができるのです。
このリアル×テクノロジーの掛け合わせこそが、ラクスル独自の強みです。そして、この強固な基盤があるからこそ、私たちは新しい領域へ進出する際も「強くてニューゲーム」のような状態で仕掛けることが可能です。

M&Aで利益を倍増。グループの拡大が生む成長環境
──「強くてニューゲーム」という言葉が出ましたが、近年のラクスルを象徴するのが圧倒的なスピードで進むM&Aです。3年で15社というペースは、一般的な事業会社としては異例ですよね。
永見:ええ。私たちはこれを「ロールアップ型M&A」と呼んでいます。単に会社を買って傘下に入れるのではなく、ラクスルが持つ「テクノロジー」「マーケティング」「マネジメント」というOSをインストールし、M&A先企業の成長を共に加速してく手法です。
実際、ラクスルにグループジョインをしていただきました企業様の多くは、数年で利益(EBITDA)が数倍に成長しています。これは運ではなく、再現性のある「仕組み」として確立されているものです。
──なぜ、ラクスルにグループジョインをすると劇的に変わるのでしょうか。
永見:多くの伝統的な企業は、素晴らしいプロダクトや顧客基盤を持っています。加えて、デジタル化の知見や資本効率の最適化により、さらなる成長をする可能性を持っています。そこに、私たちのプラットフォームから送客やコスト削減の型を提供する。すると、それまで埋もれていた価値が堰(せき)を切ったように溢(あふ)れ出すんです。
このダイナミズムは、新卒で入社する皆さんにとっても大きなチャンスです。新卒の方には中期的に、当社のビジョンに共感しグループ入りしてくれた企業のPMI(PMI:Post Merger Integrationの統合・再生プロセス)に直接携わり、経営をドライブすることを期待しています。これは、ラクスルだからこそ提供できる成長の質を担保する機会であり、社会的意義の大きな挑戦ができる環境だと自負しています。
挑戦機会の「打席」に立ち続けることの意味とは
──新卒で入社した場合、具体的にどのようなステップで「仕組みを変える側」へと成長していけるのでしょうか。
永見:まず、新卒の皆さんに最初にお願いするのは、事業開発、セールス、カスタマーサポート(CS)を含めた領域にて「現場の最前線」を経験することです。これを聞いて、「もっと戦略的な仕事がしたい」と落胆する学生は、残念ながら私たちの仲間には向いていません。
なぜなら、ラクスルにおける「戦略」とは、現場に対する深い解像度からしか生まれないからです。ただし、ここで勘違いしないでほしいのは、私たちは「気合と根性で乗り切れ」と言っているわけではない、ということです。

──事業を構成する各特定領域を、ラクスルはどう捉えているのでしょうか。
永見:例えば、私たちのCS部門ではAIの導入を猛烈なスピードで進めており、わずか1ヶ月で対応の半分をAI化することに成功しました。AIにできることはAIに任せ、人間はより高度な課題解決にリソースを割く。この「テクノロジーによる仕組み化」を自ら体現する場でもあるのです。
ただ、「人」が不要になるわけではありません。100万社の中小企業が何に困り、どんな言葉で喜ぶのか。そうしたリアルな現場の解像度は、最後は人の肌感覚でしか捉えられません。最新のAI環境に触れながら、同時に泥臭い現場の実態を構造的に捉える。その両輪を回す経験こそが、将来の経営幹部としての基礎体力になります。
そのプロセスを支える環境が、今のラクスルには十分に揃っています。コンサル、PEファンド、メガテック出身の中途入社の先輩のすぐ隣で学べるのも、ラクスルの強みの1つです。入社後数年の若手が、グループジョインをした企業の成長を担うプロジェクトの主軸を担う。質の高い機会提供の「打席」が、ラクスルには無数に用意されています。
ビジョンへの共感が最高の成長を生む
──最後に、これからキャリアを選択する学生に向けてメッセージをお願いします。
永見:「どうすれば市場価値が上がりますか?」という質問をよく受けます。しかし、私は自分へのベクトルが強すぎる考え方には、あえて警鐘を鳴らしたいと思っています。
市場価値というものは、追いかけるものではありません。大きな社会課題や、誰にも解けなかった産業の歪みに向き合い、それを解決するために必死に動いた結果として、後から付いてくる「副産物」に過ぎないからです。
「麻布台ヒルズのオフィスがかっこいいから」「ラクスルというブランドが成長しているから」。理由はどうあれラクスルを知っていただけたのは非常に嬉しいことです。それでも、当社を志望する理由が上記だけの場合は、今一度考え直してほしいと思います。私たちが求めているのは、泥臭く現場に足を運び「仕組みを変える」ことに執念を持っている人です。
──「自分」ではなく「社会」にベクトルを向ける、ということですね。
永見:その通りです。「仕組みを変えれば、世界はもっと良くなる」という私たちのビジョンに、心の底から共感できるか。その一点に尽きます。
日本の全企業数の99%以上を占める中小企業の生産性を底上げし、産業のあり方を塗り替える。この壮大な物語は、まだ始まったばかりです。自分1人でできることは小さくても、ラクスルというプラットフォームと、志を同じくする仲間がいれば、世界を動かす大きなレバーを引くことができる。
自身の成長という枠を超えて、この「産業構造の変革」というプロジェクトの当事者になりたい。そんな熱い志を持った皆さんと、「次の仕組み」を作れることを楽しみにしています。

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【制作:BRIGHTLOGG,INC./撮影:阿部 拓朗/編集:小林 遼】