ワンキャリア人気ライター4名がそれぞれの仕事観を語る「仕事は楽しいかね?」特集。初日は、有名ブログ「ニャート(旧:一橋を出てニートになりました)」でおなじみ、ニャート氏の記事をお届けします。
すんばらしい記事を読んだ。
「でも、仕事ってけっこうダルいですよ?」
そう、仕事はダルいのがデフォだ。
「仕事こそ至高」とか言ってる意識高い系のキラキラtwitterアカウントに、かたっぱしからこの記事を送りつけたい。
よくぞ言ってくれた!
熊谷氏は新卒4年目でこの真理に到達したとのことだが、私は生まれる前からそのことを知っていた。
朝決まった時間に出社して、ずっと席に座っていなければいけないと、一体誰が決めたのか。
仕事の本質とは関係ない縛りが多すぎる、それがダルすぎる。
私は、せっかく出版社に入ったのに過労で辞めた。
それ以来、いわゆる「社蓄」の人たちが言うような、会社第一・仕事第一という考え方は「だる~」と思っている。
そんなネガティブな私だけど、実はこう思っている。
「仕事はダルい。でも、前向きに自分のこととして取り組まないと、ますますダルくなる」
そう思う理由をこれから語る。
希望してついた「編集」という仕事のダルさ
私は大学卒業後、ある出版社に入った。
希望してついた仕事だが、仕事はとんでもなくダルかった。
まず、編集という仕事は、私にとっては膨大な事務作業だった。
もちろん、企画立案だの、有名作家への原稿依頼だの、取材だの、キラキラした仕事はある。
だが、仕事の大半を占めるのは、何本も並行して走る制作物の進行管理だの、同じく何本もそして何工程も発生する校正だの、予算管理だの発注管理だの請求書の催促だの、地道で煩雑な大量の事務作業だ。
特に、編集会議がダルかった。
上司が「『こうしたい』と思うことに部下が賛同した」という実績を作りたいためだけに、何時間も会議をやる。
いやいや、どうせ下っ端の意見なんかどうでもいいんだから、タテマエだけ取りつくろうとしないでください。通そうとしている指示だけ、上意下達でメールしてくださいよ。
当時の私のタイムスケジュールは、午前・午後とずっと会議で、夕方からやっと自分の作業に取りかかれるといった感じだった。
さらに、校正。
私がいたのは、その制作物の性格上、ミスが許されない部署だった。
もちろん、すべての工程で外部の校正者複数人に校正を依頼していた。だが、プロでも見落としはあった。
加えて、私の制作物にはアンケートという存在があって、最新のアンケートを反映させた企画変更はギリギリまで修正するというミスが許されないのにミスを多発させる謎の慣習があった。
例えると、最新号のアンケート結果により、色校の段階で全ページ番号に色をつけるというあり得ない細かい修正をやれと言われる(例えです)。色校では修正しないのが普通なのに。
そんなんじゃ当然ミスは出る。でも、ミスを出すとものすごく怒られる。
当時の私は、担当の全制作物の全ページをかなり丁寧に校正していた。
だから、毎日深夜まで働いていたし、土曜も日曜もGWも夏休みも年末年始も働いていた。
これは社蓄自慢ではない。私はアホだったのだ。
極めつけは、当時の上司が評価項目に「仕事が楽しい」を入れていたことだった。
つまり、どんなに仕事ができても「仕事楽しいです!」と言わないと、しかも言葉だけでなく態度や表情で示さないと評価されないのだ。めちゃくちゃだ。
当然ながら、私はこのことがすごくイヤだった。
なぜなら、仕事が楽しいかどうかは自分が感じることで、会社から強制されることではないから。
実際、当時の私は仕事が楽しくなかった。
それはそうだ。自己裁量できずに、責任と労働量だけ求められていたのだから。
新卒3年目、編集という仕事の楽しさを初めて知る
でも、そんな私にも転機は来た。
新卒3年目。そろそろ一人前になる頃である(私は要領が悪かったので、少し遅いかもしれない)。
はじめて一冊の絵本を、自分の企画だけで作ったのだ。
絵本自体はそれまで何回か作っていたが、完全に自分の企画というのは初めてだった。
それは例えていうと、こんな絵本だった(実際の企画とは違います)。
日本語力を培う方法はいくつかあるが、子どもの頃に楽しみながらできるのは言葉あそびだ。分かりやすい日本語は、読んでリズムを感じるのはもちろん、目で見ても美しい文字並びをしている。豊かな意味を持つ単語は、発音や字面にも、その意味を感じさせる面白味があるものだ。
絵本なら、音読や読み聞かせで音感を、絵や文字のデザインを、バランスよく刺激できる。
まあ、とてもありきたりな企画だけど、とにもかくにも初めて通った私の企画だった。
ここで初めて、ある程度思い通りにできる嬉しさと、人と一緒にモノを作っていく喜びを知った。
絵本においては、編集者の意見がどれだけ通るかは作家さんによって全く異なる。
作家によっては、編集者はアイデアのヒントになるような資料を用意するだけで、誤字を1文字修正することも難しかったりする。そうかと思えば、編集者が作品に介入することを歓迎してくれる作家もいる。
この場合は、後者の作家さんだった。
自分の意見が相手の中で実を結び思ってもいなかった新鮮な形で返ってくること、そしてそれを繰り返してより良いモノを作っていくことの楽しさを初めて知った。
本は出来上がり、それなりに好評だった。
最も嬉しかったのは、実際に絵本を読む子どもたちを目の前で見たときだ。
狙い通りに楽しんでくれるだけでなく、意外な反応を返してくれたり、本をベースにその子独自の遊び方を考案していたりと、いろいろな読者がいた。
「たのしかったよ」と幼くたどたどしい字で書かれた、写真入りのお手紙もいくつかもらった。
最初は自分の頭の中にしか存在しなかったものが、現実に形になって、地球のどこかで見ず知らずの読者に影響を与え、その読者が本の内容をさらに発展させてくれるという、本作りのスゴさと醍醐味を感じた。
仕事はダルいけど、それだけに惑わされて流されたらもっとダルくなる
楽しい絵本制作の時間は終わってしまったが、そのことを機にこう思った。
ダルい仕事をもう少し前向きに、もう少し自分本位に、ワガママにやってみようと。
もっと好きな企画作りに時間をとれるよう、校正の時間を減らそう。
自分で校正をすべてやるより、外部スタッフがミスを出さない仕組み作りに時間を使った方が発展的だ。
忙しくてメールだけで済ましていた依頼も最低電話、できれば会って、もっとスタッフと意見交換して、より良いものを作れるような依頼をしよう。そっちの方がよいと分かっていたのに、忙しさに流されて今までできなかったことだ。
上司に言われたまま、「ミスを出さない」を最優先に脊髄反射で働くのではなく、そのことも大事にしながら、もっと自分の頭で優先順位づけを考えてみようと思ったのだ。
仕事はダルい。
仕事の98%はダルくて、好きなことは2%くらいしかできない。
でも、宝くじでも当たらない限り、たいていの人は働くことから逃れられない。
降ってくる指示に、言われたまま流されているだけでは、ますますダルくなる。
仕事の優先順位をつけることで、ダルい部分を効率化してできるだけ減らして、好きなことに携わる時間を増やしていかないと、ダルい仕事の奔流に押し流されて、自分が何のために働いているかを見失ってしまう。
そのためには、前向きな気持ちで仕事に取り組む必要があるのだ。
これ以上、ダルくならないために。
そうは言っても、私がいた出版社のように「働くことは楽しい!」と前向きであることを強いられる職場は絶対にイヤだ。
仕事がダルいのは当然だから効率的に片づけようという意識を共有できる職場がいい。
「仕事は楽しいはずだから、残業することでやる気を見せろ」という職場より、ずっと生産性が上がると思うのだ。
キャリアがなくても好きな仕事につけるのは20代のうちだけ
最後に、私ははてなブログをやっているのだが、最近そこで「満員電車がダルいから、仕事を辞めてプロブロガーになります!」みたいな新卒さん&第二新卒さんをよく見る。
私は基本的には、大卒後に皆が就職するのではなく、外国のように数年自分探しをしてからでも就職できるような、多様な生き方が許される社会になってほしいと思っている。
でも、満員電車みたいな分かりやすいダルさに惑わされて仕事を辞めるのは、少しもったいない。
会社員として取り組める仕事と、例えば個人のブロガーとして取り組める仕事とは、だんぜん規模が違う。
例えば、私の絵本作りのように、人のお金で自分はリスクを背負わずに全国規模の仕事ができるのは、会社員の特権だ。
日本では、キャリアがなくても好きな仕事につけるチャンスがあるのは20代のうちだけなので、一瞬でもいいから、会社員として可能な楽しさを味わえるまで頑張ってほしい。それから辞めればいい。
仕事はマトリョーシカみたいなもので、ダルさという覆いを剥いていけば、中に小さいけれど楽しさは隠れているのだから。
──「仕事は楽しいかね?」特集:トイアンナ×熊谷真士×ニャート×KEN:4日連続公開
【ニャート】「でも、仕事って結構ダルい」に100%賛成。その上で、超ネガティブな私がそれでも仕事に前向きにならざるを得ない話
【トイアンナ】楽しくない仕事なんかない!「成長させてほしい」とねだるな、勝ち取れ
【KEN】トマトジュースと私。ー仕事で「生きてる実感」を味わう3つのコツー
【熊谷真士】でも、仕事って全然ダルくないですよ?