※こちらは2019年3月に公開された記事の再掲です。
政府系金融機関として日本企業やそのプロジェクトを支えるDBJ(日本政策投資銀行)。
しかし、
──「海外の仕事をしたいなら、DBJよりも総合商社というイメージ」
──「ファイナンスをやりたいのに、メガバンクではなく、DBJを選ぶ理由が分からない」
など、学生からの鋭いコメントがワンキャリ編集部に寄せられます。学生たちが持つこれらの印象をDBJはどのように受け止め、何を考えるのか……。
DBJにおいて働き方改革などの人事管理業務に従事する伊能(いのう)さんに、商社や他の金融機関と比較しながら、皆さんが持つ疑問に率直にお答えいただきました。
欧州のインフラ・エネルギー事業の中に日本を感じられるか。根底にあるのは、日本の公益への思い
■伊能 雄一(いのう ゆういち)さんのプロフィール
2004年:DBJ入行、産業技術部配属にて化学メーカーなどへの融資業務を行う
2005年:北陸支店にて、融資業務・企画調査業務を経験
2013年:業務企画部へ異動
2015年:DBJ Europeへ配属され、欧州諸国のインフラ関連を中心とする投融資業務に関わる
2018年:本店へ戻り、人事部にて働き方改革などの人事管理業務に従事
(所属部署はインタビュー当時のものです)
──伊能さん、本日はよろしくお願いいたします。早速ですが、日本政策投資銀行(以下、DBJ)は他業界と比較したときに、「強み」「やりがい」が分かりにくいという声が学生たちから届いています。国内外のさまざまな投融資の現場に関わってきた伊能さんのご経験からDBJの実情と併せて教えていただけませんか。
伊能:よろしくお願いします。私は人事部に異動する直前は、DBJのロンドンの拠点でイギリスをはじめとする欧州各国のエネルギー、船舶、インフラ関連の投融資業務に従事していました。例えば、そうした海外の関連企業向けの融資や、鉄道車両や道路、再生可能エネルギーの発電プロジェクトに対するプロジェクトファイナンス(※1)などです。インフラやエネルギー分野などは、各国の制度が日本と異なり、また歴史的背景などからファイナンスの発展も異なります。そうした違いを肌で感じながら、さまざまな海外の企業やプロジェクトに融資をしていました。
(※1)プロジェクトファイナンス……資金調達の一種。事業に対して融資を行い、その事業から得られるキャッシュフローを返済に充てていく。インフラ整備や資源開発といった大規模な事業に活用される
──DBJはどのようにして現地の金融グループに溶け込んでいったのですか。ぜひ、詳しくお聞かせください。
伊能:基本的にイギリスの金融市場はオープンです。DBJは長年その現場において一定の実績を持って活動していたこともあり、既に取引があった海外企業や、現地金融機関のインナーサークルとも関係を持っていました。その中で、いろいろな銀行と意見交換をしながら案件を獲得していったのです。各銀行のプレイヤーが集まり案件について議論するバンクミーティングには、日本人は私たちとあと一社いるかいないかでした。
──日本の公益を重視するDBJですが、他国の事業の中に入り込んでプロジェクトに貢献していたのですね。
伊能:一見、日本とはほとんど関係がない案件もありましたが、案件を通じて海外における各産業分野の制度を知ることで、世界や業界の動きを知ることができます。これらの海外案件で意識していたのは、日本で、あるいは日本企業がこれから海外で何ができるか・やっていくべきか、それに対してDBJは何ができるかを考える、ということです。日本企業に生かせる要素を探すことは、DBJが重視する「公益性」の根底にあることです。そのため日本のスポンサーが入っていない、または日本ではマイナーな環境でも、根底に日本を感じられれば、案件として取り組んでいました。
──学生には「DBJは日本の公益につながらない事業には投資しない」というイメージがあるようです。
伊能:公益性のない事業などほとんどありません。そのため、国内外のさまざまな業界・企業に投資することで、公益に貢献できます。例えばDBJはITやスタートアップ企業にも投資していますし、また総合商社のフィールドでもあるエネルギー、インフラ、農業なども射程に入っています。
「一つの分野だけで40から50年やっていくことを今、決められますか?」商社併願者の疑問に答える
──DBJと総合商社を併願する学生は「海外案件の量」「ファイナンスに限定したキャリア」「ビジネスにおける主体性」の3点を懸念しているようです。伊能さんから見て、いかがでしょう。
伊能:皆さんがおっしゃる通り、DBJの持つアセットのおよそ80%以上は国内です。確かに、海外における絶対的な業務量は商社と比較すると、少ないでしょう。しかしながら、われわれのメイン顧客である日本企業は、国内で人口減少・経済縮小する中でどんどん海外に向けて商売を進めていますし、DBJの海外アセットも増加基調で推移しています。今のスナップショットで見ると確かにDBJは日本中心にビジネスをしているように見えるかもしれませんが、この現状を加味すると、海外の仕事は増えても減ることはないと思います。
──メインの顧客が外に出ているのであれば、海外案件が安定して増加すること、納得しました。では、「ファイナンスに限定したキャリア」についてはどう思われますか。
伊能:DBJのキャリアは確かにファイナンス中心のキャリアではありますが、一方で総合商社では基本的には部門別で配属されると理解しています。その場合、40年間特定の商材を扱う中でさまざまなスキルは身に付くかもしれませんが、一つの事業の中でキャリアを限定しているという見方もできるのではないでしょうか。翻って、DBJは一言でファイナンス中心のキャリアと言っても、さまざまな金融手法や顧客の業界がありますし、学ばなければいけないことはたくさんあります。また、経理や法務、人事、企画部門などの組織全体に関わるキャリアパスや調査部門なども存在します。長く特定の商材に携わりたいか、ファイナンスを軸にさまざまな業界・企業に関わりたいか、最後は個人の価値観の違いではないかと思います。
──確かに、総合商社の中にも部門間の連携に力を入れる企業は出てきましたが、まだまだ発展途上という印象です。最後に主体性という観点はいかがでしょう。
伊能:それはどのような形で主体性を発揮したいのかに尽きるでしょう。例えば総合商社は投資業務の主人公であり、DBJはそれをサポートするファイナンスの立場の場合が多いかもしれませんが、個々の社員がそれぞれ主体性を感じられるのかは別の問題です。個人単位で見れば、DBJの総合職は数百人しかおらず、一人が担う領域は大きいと思います。また、今後は変わっていく可能性もありますが、海外においてDBJは日本人社員が現地のマネジメントのみならず、自ら現場で仕事を回すという経験もしています。
「公共性・公益性の中身を考える」金融機関の中でも際立つDBJ独自のポジション
──次の質問に移ります。ファイナンスに興味がある学生に知ってほしい、DBJの強みは何ですか。
伊能:法人に提案するソリューションの幅広さです。DBJは個人営業も行っているメガバンクと違い、法人営業に特化している他、ローンのみならずエクイティ(※2)、メザニン(※3)など、顧客のニーズに合わせて幅広くワンストップで提案できることが強みだと思います。また、そういった金融商品を専門に扱う部署と連携しながらではありますが、顧客の担当者が多様な提案を行うことができる裁量の大きさも魅力です。
メガバンクとは海外案件への向き合い方も異なります。例えば私が赴任していたロンドンでは、メガバンクの現地法人では現地スタッフだけで従業員数1,000人以上と聞いていました。一方DBJの欧州拠点はロンドンのみで、10〜15人のスタッフで欧州全域をカバーしており、そのうち日本から派遣されているのは半数程度。個別の案件について現地拠点で動いているのは実質的には数人で、欧州全土を飛び回っています。
(※2)エクイティ……一般的に株式などによる資金調達を指す。中には、株式に関係する金融商品全般を示す場合もある。
(※3)メザニン……資金調達の一種。エクイティとシニアローンの間に位置する。
──およそ100倍の規模差ですか……。人数の違いだけでもインパクトを受けますが、仕事のやり方の違いを感じたのはどのようなところでしょう。
伊能:一番の違いは「現場に誰が出てくるか」です。先述しましたが、DBJの海外業務は、ほとんどの場合日本人社員がローカル案件を取りに行き、自ら仕事を回さなければなりません。それに対して、メガバンクのローカルプレイヤーは多くが現地スタッフです。正直、メガバンクなど海外現地金融機関と比較すると、DBJは大きな案件をたくさんこなすことはできないかもしれませんが、案件の規模や件数ではなく、自分がどういう立場で経験を積みたいか、という価値観次第かと思います。
──JBIC(国際協力銀行)、日本政策金融公庫といった他の政府系金融機関との違いも教えてください。
伊能:DBJの特色は「公共性・公益性の中身を自分たちで考えること」だと思います。他の政府系機関は、それぞれの明確な存在意義に基づき、特定の政策実現に向けた融資を提案します。例えば、JBIC(国際協力銀行)は日本企業の海外展開支援、日本政策金融公庫は個人事業主や農業など提案の対象が明確です。働いている方も、政策で決められたメニューに使命感を持ち、それを通じて誰かをサポートしたい人が多いのではないでしょうか。
一方DBJは、2008年の民営化に伴いそういった特定の政策実現を目的とする融資の制度がなくなりました。震災の危機対応、国の個別の政策などに応える場合ももちろんありますが、日本の発展や変化に応じて、顧客のために何を提案していくか、自分たちで具体的に考えなければなりません。政府系機関の中でも経営の自主性が高い組織ともいえるでしょう。
──他の投資銀行やM&Aアドバイザリーと比較するといかがでしょうか。
伊能: M&Aアドバイザリーの専門会社は「アドバイス」を専門的に、かつたくさんの案件で経験を積めることが魅力だと思いますが、自身で投資を行う訳ではなく、顧客の投資の結果に直接責任を負う訳ではありません。一方DBJは、アドバイスに加えて時にはお客さんと同じ目線に立ち、長期的な視点で一緒に投資をします。また、一般に投資銀行は「利益を出すこと」を最も重視しています。もちろんDBJにとっても利益は必要ですが、それ以上にさまざまなファイナンス手法の中で、「顧客にとっての最適解を見つけること」を重視しており、また公共性・公益性を意識しながら案件に取り組んでいます。
「新卒でキャリアを限定する覚悟はあるか?」ジョブローテーションは視野を広げ、やりたいこと・得意なことを発見するチャレンジの機会
──伊能さんもご存じの通り、この数年で転職前提の就活が一般化しつつあります。専門性が身に付きにくいと言われるジョブローテーションを忌避する学生も多い中、DBJはジョブローテーションを実施していますが、伊能さんはいかがお考えでしょう。
伊能:転職は時代の動きを考慮すると当たり前の流れだと思います。しかし、転職というのは、基本的にはそれまでの経験・専門性を生かして次へと行くものです。
例えば個人営業のみで仕事をしてきた人のキャリアは、そこに限定されてしまいます。特定の領域のみで戦うことに覚悟を持っているのであればそれで良いと思いますが、実際に社会で働いたことがない学生のそうした判断が適切かどうかは分かりません。学生時代にやりたいと思っていたこと、あるいは自分の得意だと思っていたことが、社会に出たら違ったということも多々あります。
さらに言えば、職業人生がこれまで以上に長くなり、社会の変化も激しいこれからの時代、特定の専門性が陳腐化する速度は早まっていきます。だからこそ一つのことに固執せず、まずはさまざまなことに挑戦し、そこで見つけた自分のやりたいこと・得意なことを一つの専門性として培ってほしい。
DBJはそのような人材育成にコストと時間を惜しみません。ジョブローテーションは自分が共感する理念を仲間と共有しながら自身の視野を広げるものなので、企業・個人の双方にとって良い機会なのではないでしょうか。
「山登りではなく、川下り」先が見えないキャリアの面白さ
──就活生からDBJの説明会に参加したことで、志望度が高まったという話をよく聞きます。実際に説明会ではどのようなことを話していますか。
伊能:実務をなるべく肌で感じてほしいので、実際の投融資事例を中心に説明します。投資と言っても、正直フワッとした印象を持たれている学生さんたちが少なくありません。事例紹介や社員たちとの交流を通して、投融資イメージの具体化をお手伝いしていきます。投資のテクニカルな要素などには終始せず「投資を通じて何をやりたいのか・実現していきたいのか」を考えたい学生さんには、ぜひ来てほしいです。
──最後にこの記事の読者に向けて、メッセージをお願いします。
伊能:与えられた試験で良い点数を取ることが評価されていたのは、学生時代までです。例えば投資判断やM&Aの実務において、企業価値評価(バリュエーション)がどれだけ早く正確に計算できても、それだけでは社会における付加価値にはなりません。
キャリア形成を「山登り」と「川下り」に例えるような話があります。目標に向かって時間や距離を計算し、着実に進んでいく、試験勉強のように制限時間の中で目標を達成するのも時には必要ですが、実際の仕事はそれほど自分に都合良く進んでいくものばかりではありません。その目標が仕事のゴールや専門性だったとして、それが世の中の流れで変わることも、陳腐化していくこともあります。
仕事では、さまざまな思いを持つ関係者がいて、予想もしないアクシデントも時に発生します。川下りのように、流れがコントロールできず、障害物もどこにあるか分からない中で必死に船を漕(こ)いでいくということ。それ自体に面白みを見いだすことの方が、これから社会に出て長い職業人生を楽しめると思いますし、個人のキャリアとしてもユニークなものになるのではないでしょうか。どんな経験も無駄にはなりません。さまざまな投融資をやっていく中で、面白みを感じたい人をDBJは待っています。
──伊能さん、ありがとうございました。
【インタビューアー、執筆:スギモトアイ/編集:辻竜太郎/撮影:保田敬介】