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就活サイトトップ就活記事一生懸命に生きている「いい大人」と出会う。そして、一生...

一生懸命に生きている「いい大人」と出会う。そして、一生考えることが、好きになる。──中村桂子さん(後編)

キャリア 一目惚れ インタビュー
2020年9月18日(金) | 15,850 views

はたして、自分は嫌なことを嫌だと、感じているだろうか?

嫌なことを嫌だと、言えているだろうか?

私の場合は、「自分は、長年、言えていなかった」と思う。

中村桂子さんは、嫌なことを嫌だと感じ、言える人だ。なんで、そういう感覚を持てるのかを前編では伺った。 

・「生きもの」感覚を大事に、「いい大人」とめぐり会い、「一生考えましょうよ」ー中村桂子さん(前編)

「嫌気がさしたり、怖かったり、危なかったり、そういう「生きもの」感覚を失ったら……明日、死にますよ?」

私にとっては、痛烈なパンチラインだった。

後編では、中村さんのキャリア観に迫る。

特集「あなたのキャリアに一目惚れしました。」
本特集では、ワンキャリ編集部が「一目惚れ」したキャリアの持ち主にお話を伺います。就活に直接関係ない話も多いです。いつか、あなたがキャリアを決めるときの一助となることを願って、お届けします。

今回の惚れられた人:中村桂子さん(JT生命誌研究館名誉館長、理学博士)

1936年、東京都生まれ。1959年、東京大学理学部化学科卒業、1964年、東京大学大学院生物化学専攻博士課程修了、江上不二夫(生化学)、渡辺格(分子生物学)らに学ぶ。国立予防衛生研究所を経て、1971年、三菱化成生命科学研究所に入り(のち人間・自然研究部長)、日本における「生命科学」創出に関わる。次第に、生物を分子の機械ととらえ、その構造と機能の解明に終始することになった生命科学に疑問を持ち、ゲノムを基本に、生きものの歴史と関係を読み解く新しい知「生命誌」を提唱。その構想を1993年、大阪府高槻市に「JT生命誌研究館」として実現、副館長に就任。2002年から館長を務めたのち、2020年3月に退任し、名誉館長に就任。そのほか、早稲田大学人間科学部教授、大阪大学連携大学院教授などを歴任。主な著書に『いのち愛づる生命誌Ⅳ はぐくむ 生命誌と子どもたち』(藤原書店)、『「ふつうのおんなの子」のちから』(集英社クリエイティブ)、『こどもの目をおとなの目に重ねて』(青土社)など、多数。2007年に大阪文化賞、2013年にアカデミア賞を受賞。


今回の惚れたインタビュアー:佐藤譲(編集者、コーチ、プロデューサー)

1986年、福岡県生まれ。2009年、京都大学法学部卒業、2010年、株式会社スタジオジブリ入社。鈴木敏夫プロデューサーと同じ家に住みながら、編集者として働く。2015年、日本テレビ放送網株式会社に入社。実写映画・アニメーション映画のプロデューサーを務めたのち、2018年に独立し、地方へ移住。現在は、『100年ドラえもん』の宣伝ディレクションや、スタジオジブリ最新作のアート本の制作を担当するほか、TCS認定コーチとしてクリエイター向けにコーチングを行う。また、大学生向けのキャリア支援としてWividとワンキャリアに関わり、ワンキャリアでは「あなたのキャリアに一目惚れしました。」特集の立ち上げから参加。

<後編 目次>
●何になりたい、と思ったこともなかった
●「いい大人」との出会い
●自分で考えたいと思ったら、人から学ぶ。
●『あしながおじさん』のジューディは「仲間」
●一時期の競争で考えるのは、もったいない。
●「分からない世界」との付き合い方

何になりたい、と思ったこともなかった

──ヘンテコな生きものとして生きていく。……私であれば、「競争で勝ちたい」という欲だったり、「損得勘定」だったりが出てきそうです。


中村:生きものって、自分が生きることしか考えていないんですよ。自分はどこかで死んじゃうのだけれど、子孫を残すことも含めて、生き続けるということしか遺伝子に組み込まれていない。「競争して自分が一番になろう」というものはありません。

もちろん、子孫を残そうと思うと、戦って上に行かないと残せないシステムになっていると、そこで一生懸命戦って乗り越えます。そういうことはやるけれど、何のためにやっているかというと、損得勘定ではなく、子孫を残すということだけ。自分がとにかく生き続けないと、子孫を残せません。

自分が生きて、子孫を残す。「生きもの的」と言われたら、ひとつはそこです。

先ほど「生きものは、区別はあるけれど、差別はない」と言いました。差別っていうのは、競争の結果でしょう?

私の辞書の中に、「競争」という言葉はありません。


──中村さんは「競争」ってしてこなかったんですか? 受験勉強でも、就職活動でもそうですが、ぼくはそういう環境で生きてきました。中村さんもこれまで生きてこられて、きっと競争はあったと思うんです。


中村:私は本当に競争心がないんです。良いことか悪いことかは別にして。「なぜだろう?」と思うくらい、ないんです。そして、理由をあまり考えたこともなかったんです。

最近になっていろいろな方に「なぜあなたはそんなに競争心がないの?」と問われて、考えました。

一つは、生まれつき。もしかしたら、そういう性質もあるのでしょう。

もう一つはやはり、両親の育て方。うちの親は、「何になりなさい」とか、「何をやってはいけない」とか、「女の子だからこうしなさい」とか、全くそういうことを言わない人でした。

よく私の周囲は「女の子だからやっちゃいけない」と言われて、「それがもう悔しくて」とおっしゃるお友達がいっぱいいるの。「男兄弟はいいのに、自分はやっちゃいけない、と親から言われて、それが悔しかった」と。

私はそれを言われたことがありません。「女の子はやっちゃいけません」って、聞いたことがない。それから、「何をやりなさい」と言われたこともない。

親から一つだけ言われたのは、嘘(うそ)は言わないでね、ということだけです。

だから、よく「子どもの頃、何になりたいと思っていましたか?」と聞かれると困るんです。思っていなかったから。

子どもって、いつも、今、遊ぶのが忙しいじゃないですか? だから、思っていないんです。「何になりたい」ということを思ったことがなかった。


──ご両親が言わない人であっても、周囲が放っておかないと思います。親戚やご近所さんを初めとした周囲の大人たちに、私は小さい頃から「何になりたいの?」って、幾度となく聞かれてきました。


中村:貧しくて忙しかった時代ですから、よその子がどうなんて、周囲はかまっていられないです。みんな忙しい。

私は小学4年生のときに敗戦ですから、みんな食べることに一生懸命でした。子どもが将来何になるかなんてどうでもいい。社会はうるさくないですよ、よその子のことなんか。

だから、もしかしたら、子どもにとっては、良い時代だったのかもしれませんね。貧しいけれど、子どもにとっては思い切りのびのびできる良い時代だったのかもしれない。大人はこの負けてしまった社会をもう一回作り直そうと忙しいのであって、いちいち子どものことをそんなに気にしませんでしたから。


──でも、中村さんも人生のどこかで、初めて「何になりたいの?」と聞かれるときがありましたよね?


中村:高校を卒業するときに、「大学を受けるんでしょ?」と聞かれたときね。専攻を決めないと受けられないので、「どうするの?」と言われました。

──そこで初めて意識したんですか?


中村:「決めなきゃいけないのよ」と言われて、「あぁそうか」って。ぼんやりしていると、どこに行っていいのか分からないんだなと思いました。

「どうしよう?」と考えたときに、「木村先生、いいな」と意識しました。

木村都(きむら・みやこ)先生は、私の高校の化学の先生です。とっても素敵(すてき)でした。謙虚で控えめな方だけど、化学を大切に考えていらっしゃるのが伝わってくる方でした。「木村先生みたいに、なりたいな」って思った。

私は、いい大人に、たくさん出会ってきたんですよ。

「いい大人」との出会い

──中村さんにとって「いい大人」って、どういう人でしょうか?


中村:「この人、いいな」「この人みたいになりたいな」って思えるような人です。そういう大人に出会うことは、とても大事です。

私は今自分が大人になっていて、「いい大人」が減っているのではないかとちょっと心配なんです。子どもたちにとって「いい大人」が減っているのではないかと。私の子どもの頃はあんなに「いい大人」ばかりだったのになと思います。


──ぼくは社会に出たときに、スタジオジブリに就職したんです。そこで、高畑勲さんと出会いました。


中村:素敵な方ですよね、私も一度だけお目にかかりました。私と同じ世代では、「いい大人」だと思います。


──自分にとって、「素敵だなぁ」「かっこいいなぁ」と思える大人に出会ったときに、初めて自分を省みられる。そういうことは、あるかもしれません。


中村:「いい大人」との出会いが一番大事だと思います。「この人みたいになりたいな」とか、「話を聞いたらわくわくするな」とかね。一生懸命に生きている人って、そういう魅力がありますよね。

私は、どれだけ数えたらいいか分からないくらい、本当に素晴らしい人に巡り合ってきました。本当に運が良かった。いい人、いい人、いい人、いい人。いい人ばかりに出会ったの。

自分で考えたいと思ったら、人から学ぶ。

──中村さんだからこそ、そうした方々に巡り会っているのではないか、と思うのですが。


中村:私がきっと頼りないからじゃないかしら。ちょっと頼りないからか、いろんなことを教えてくれる人が多くて多くて。

しかも、頼りないくせに、私は何でも知りたがり屋で。どんな方のおっしゃることも目を輝かせて聴くタイプだから、きっと皆さんが教えてくださるのね。それが私の財産です。


──お話を聴く中村さんの姿は、目に浮かびますね。


中村:だから、若い方に申し上げたいのは、もちろん自分で考えたり、自分で本を読んだり、知識として学ぶのはいいけれど。やはり、人から学ぶ以上にすごいことはないですよ。

たとえば、DNAからRNA、RNAからタンパク質ができますという話って、教科書を開いたら書いてあります。そんなの、すぐ覚えられる。

だけど、そのことを現実には全く分からないときから、「なんだかやってみたい」と思った人がいる。私の場合は、渡辺格先生に出会いました。誰もそんなことを考えていないときに、「これは大事だ」と思って、アメリカへ留学し、勉強して帰ってきて。そうした渡辺先生から話を聞いてDNA・RNA・タンパク質のことを考えるのと、教科書に書いてある数行で考えるのとでは、全然違います。

だから何かを自分で考えたいと思ったら、人から学ぶ。それが大事だと思います。

『あしながおじさん』のジューディは「仲間」

──中村さんの『「ふつうのおんなの子」のちから 子どもの本から学んだこと』(集英社クリエイティブ)という本には、『あしながおじさん』のジューディや、『長くつ下のピッピ』、『赤毛のアン』などさまざまなおんなの子が登場します。思えば、「いい大人」と出会うおんなの子ばかりでしたね。


中村:このおんなの子たちは、そういう大人と必ず出会っているの。

そして、「この子は、きっと『いい大人』になるだろうな」と、期待させるおんなの子たちよね。

──中村さんは『あしながおじさん』の主人公ジルーシャ・アボットの、どんなところに魅かれるのでしょう?


中村:『あしながおじさん』は何度も読んだ一番大好きな本です。

ジューディは、とても運がいいじゃない? 孤児院育ちのジューディが、「いい大人」に巡り会って、自分が本当にやりたいことを素直にできたのもいいでしょう?

彼女とは高校生の頃に出会いました。

最も価値のあるのは、大きな大きな快楽じゃないのです。小さな快楽から、たくさんのたのしみを引き出すことにあるのよ──おじさん、あたしは幸福の真の秘訣を発見しました。そしてそれは、「現在」に生きるということにあるのです。いつまでも過去のことをくやんでいないで、または、さきのことをくよくよ考えないで、現在こうしているこの瞬間から、できるかぎりの快楽を見いだすことにあるのです。これは農業みたいなものよ。農業にも大じかけにやる粗放的耕作法と、小さな土地から生産を得ようとする集約的耕作法があるでしょう。そこで、あたしはきょうから、集約的な生活をするつもりですの。あたしは、この一秒一秒をたのしむつもりよ。そして、たのしんでいる間は、じぶんがたしかにたのしんでいることを、はっきり意識していくつもりですの。たいがいの人たちは、ほんとうの生活をしていません。かれらはただ競争しているのです。地平線から遙かに遠い、ある目的地へいきつこうと一生けんめいになっているのです。そして、一気にそこへいこうとして、息せき切ってあえぐものですから、現にじぶんたちが歩いている、その途中の美しい、のどかな、いなかの眺めも目にはいらないのです。そして、やっとついた頃には、もうよぼよぼに老いぼれてしまって、へとへとになってしまってるんです。ですから、目的地へついてもつかなくても、結果になんの違いもありません。あたしは、よしんば大作家になれなくっても、人生の路傍にすわって、小さな幸福をたくさん積みあげることにきめました。あなたは、あたしがなりかけているような、こんな女哲学者のことをおききになったことが、おありになって?

※引用:ジーン・ウェブスター『あしながおじさん』(岩波書店)


──すごい言葉ですね……自分の来し方を振り返ってしまいます。


中村:これは私が思っていることと全く一緒です。

もしかしたらジューディの言葉に影響されているのかもしれません。『あしながおじさん』の中には、大事にしている言葉がたくさんあります(※)。

影響を受けた人を、たった一人しか挙げてはいけないというなら、ジューディよね。私の「仲間」です。

(※)……ぜひ中村桂子さんの『「ふつうのおんなの子」のちから 子どもの本から学んだこと』をお読みください

一時期の競争で考えるのは、もったいない。

──先ほどの質問にもう一度、戻ります。中村さんが「競争」と無縁だったことは分かりましたし、そういう生き方もあるんだな、ということも頭では理解できます。しかし、私たちの目の前には、「競争」があって。どう付き合ったら、いいのでしょうか?


中村:私は麹町中学校というところを卒業していますが、その中学生活最後のときを、すごく覚えていて。

ある同級生が、学校最後の日に「あぁ! これでもう勉強しなくていい!」と言ったの。その人はおうちが印刷業だから、中学を出たら、すぐお父さまと一緒に働いたのよね。

私の世代だと、みんな55歳くらいでそろそろ定年が迫ってきて、60歳になったら定年です。

60歳になった頃に、中学校のクラス会に行ったの。すると、勉強で一番になって、大蔵省に入って、という人は……。


──もう仕事をしていない、と。


中村:そう、仕事をもう卒業しているの。終わった、という感じ。

ところが、「あぁ! もう勉強しなくていい!」と言って、お父さんと一緒に印刷業の道に進んだ同級生は、すごく一生懸命働いて元気。

そのときに「そうだよな」と思いました。

──「もうこれで勉強しなくて良くなった!」って卒業のときに言えるのって、なにかうらやましいです。私は勉強で競争するタイプだったので。


中村:教室に閉じこもって計算させられるのなんか大っ嫌い! という感覚がある人っていますよね。計算が大好き、もいるけれど。どっちでもいいわけ。生きものは、アリも、ライオンも、いていいわけだから。

「あぁ! もうこれで勉強しなくて良くなった!」って、……「あぁもう! 本当に気持ちいいんだろうな」と私は思いました。

60歳になったその同級生は、お父さまから受け継いだ会社で、思いっきり自分らしくやっていて、生き生きしていたわけなのよ。

一方、いろんな競争で一番になってお役所へ入った同級生は、定年になった途端に、この先に何をしたらいいか分からない、もうやることがないや、という感じだった。

もちろん、それぞれの人生よ。私にはアリも、ライオンもいていいということだよな、と思える。どちらが幸せかなんて、分からないでしょう?

だから、一時期の競争でものを考えるって、どれだけ馬鹿らしいことかと思います。

「分からない世界」との付き合い方

──生きていると、どうしても近視眼的になってしまいます。冒頭に中村さんは、「嫌気がさしたり、怖かったり、危なかったり、そういう感覚を失ったら、明日、死にますよ?」とおっしゃいました。まさに、ぼくは今、そういう「生きもの」感覚みたいなものを、生きものとして、取り戻したいと思っています。


中村:自然界というものは、答えがないんですよ。

私はなぜずっと生命誌の仕事をしているのかといったら、「答えがないことが面白い」からです。もちろん、答えに全然近づけないのはダメよ。

ちょっと分かる。ちょっと分かると、開(ひら)けるんです。またちょっと分かると、もっと開けるんです。それが面白いのね。

ちょっと分かると開けるということは、分からない世界は多くなるの。

だから、どんどん分からない世界は多くなるんですね。だけど、そこが面白い。全部分かっちゃったら、怖いじゃない?


──いや、むしろ逆で、うれしいんじゃないでしょうか?


中村:全部分かってしまったら、「私、明日何していいの?」になってしまうじゃない? どうやって生きていったらいいの? になってしまう。

だから、分からないことがあるっていうことが、どれだけ素晴らしいことか。

しかも、学べば学ぶほど、分からない世界が自分の中で広がっていくのよ。

何も分からないでいると、どうしていいか分からない。だけどちょっと分かると、この先こうかもしれないな、と進める。自分で考える世界が広がるの。それが学ぶということでしょう?


──中村さんは50年以上、DNAのことを研究されていますが、後悔していませんか?


中村:後悔していません。

DNAと向き合って、60年代に「生きもののことは、もう分かった!」と思いました。これは私だけではなく、世界中の人が思ったのね。私は学生だったから、DNAにすごくわくわくしました。若い頃、分かるということのほうが大事だったから、「分かっちゃった! すごい世界だな!」って思った。

でも、たとえば、癌(がん)のことを調べようと思うとね、分からないことだらけなの。そして、昨今は、みんな、そろそろ、人間のことを知りたくなってきましたよね? 新型コロナウイルスも含めて、人間のことを分からなきゃダメだよってね。分からないことが増えているでしょう?

私はこの分野に入ってから体験したことっていうのは、分からない世界が広がっていくということです。それがどれだけ面白いか!

だから申し訳ないけれど、私は本当に運が良いと思います。だって、今が一番、分からないことが多いのよ?


──ぼくだけでなく、就職活動をしている大学生たちって、これから社会に出て、どんな仕事をしようかと考えるときに、すごく悩んでいると思います。分からないことがあっても、……悩んだ方がいいんですかね?


中村:あまり落ち込まないで、適当にね。

私は「悩みなさい」とは言えないので、「考えましょうよ」と言いたい。人間は考える生きものじゃありませんか?

答えが大事なのではなくて、考えるプロセスが大事。

考えれば考えるほど、分からないことは増えていくんです。一生考えることが好きになると、分からないことが増えることが楽しくなりますよ。


──分からないことが増えるのを楽しめると……生きていて楽しそうですね。


中村:答えを求めようとするとつらくなるの。

答えなんて分からない。分からないことが増えるのは面白いんです。

20代の方のことが、私はうらやましいです。これから長い未来があってね。

本当にお願い、日本を良い国にしてほしいな。みんなが楽しく暮らせる国にしてほしいな。

取材の時間が終わり、ご自宅の、チョウチョが舞うお庭を見せていただいた。湧き水もあった。「いつか、こんな庭のある家に住みたい」と思った。

私が応接間の本棚の大きさや広いお庭のある中村家をうらやましがっていると、中村さんは「年齢を重ねるごとに、少しずつね」と笑った。


取材を終えた帰り道、中村さんの言葉を何度も反芻(はんすう)した。

「素敵な人に、出会っちゃったなぁ」

独り言が止まらなかった。あんな風に、生きたい!

これから生きていて、ことあるごとに、中村さんを意識するだろう。

そんな「いい大人」に出会えた幸運に感謝した。

取材から戻って、記事を書くために、中村さんから教えていただいた本を読んでいった。『あしながおじさん』を初めて読んだ。私も、ジューディに目が離せなくなった。こういう子が、大人になって、中村さんのようになるのかもしれないな、と思った。

また、『可能世界と現実世界―進化論をめぐって』を読み、フランソワ・ジャコブから中村さんが受け取ったであろう「問題意識というバトン」に思いを馳(は)せた。中村桂子さんが30年以上、仕事にしている「生命誌」へ、おのずと誘われた。

そして、高槻市にある「JT生命誌研究館」へ行った。『生命誌絵巻』をじっくりと見て、『蟲(むし)愛づる姫君』の屏風(びょうぶ)、生きものたちの「上陸作戦」……。5時間ほど滞在したのだが、どれも目がくらむほど面白く、全体の半分も見られなかった。

研究館の中で、ある映像を見た。それは、研究館が20周年を迎えた作品だった。そのエンドロールで、思わず、膝を叩(たた)いた。

ふつう、エンドロールには、登場した人や、制作に関わった人の名前が出てくる。ただ、研究館の映像には、「トウモロコシ」「ミカン」と、「映像に出た生きものたち」の名前も出てきたのだ。トウモロコシは、作品の中で、中村さんが小学生たちと収穫しているトウモロコシだ。ミカンは、アゲハチョウがドラミングをしているミカンだ。

取材で中村桂子さんに会ったままの印象を、生命誌研究館の至るところで感じた。何度も訪れたい場所ができた。そのことがうれしかった。

中村桂子さんが「影響を受けた人」
ジューディ
『あしながおじさん』の主人公ジルーシャ・アボットの通称。中村さんが初めてジューディと会ったのは高校生のとき。そのときから、「長い長いお付き合い」で、ときには「彼女の中に入り込んでしまうほど」、その生き方が好き。「みんながこう生きられたらすばらしいと思っています」と、中村さんは話す。詳しくは、『「ふつうのおんなの子」のちから 子どもの本から学んだこと』をぜひ読んでみてください。

【撮影:保田敬介】

【特集:あなたのキャリアに一目惚れしました。】
・「生きもの」感覚を大事に、「いい大人」とめぐり会い、「一生考えましょうよ」──中村桂子さん(前編)
・一生懸命に生きている「いい大人」と出会う。そして、一生考えることが、好きになる。──中村桂子さん(後編)
・結婚・出産で就活断念。「予期せぬ出来事」は、キャリアを強くするきっかけになる──太田彩子さん
・「役に立たない」は未来へのバトン。だから私はキリンの解剖が続けられている──郡司芽久さん
・「あのね、ぼくは、そういう特別なきっかけで、動いたことがないんですよ」──伊藤守さん(前編)
・「死んじゃった人を信じるのは、簡単。生きている人を信じるのが、難しい」──伊藤守さん(後編)
・湯上がりの幸せを、ずっとこの先も。僕らの未来を広告でなく銭湯で守りたかった【小杉湯・ガースーさん】
・「留年して、建設省への就職がおじゃんに。それで大学院のあと、野村総研へ入るんです」 山形浩生さん(前編)
・「誰も何も言わない世界と、読まれなくても誰かが何か言う世界は、多分違う」──山形浩生さん(後編)
・「なんで急に落ちこぼれになったんだろう?」苦しかった就職活動と可能性が広がった20代──今井麻希子さん(前編) ・「見つかっちゃった!出会っちゃった!」やりたいこととの衝撃的な出会い──今井麻希子さん(後編)
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佐藤譲
編集者、コーチ
佐藤譲

1986年、福岡県生まれ。2010年、株式会社スタジオジブリ入社。鈴木敏夫プロデューサーと同じ家に住みながら、編集者として働く。2015年、日本テレビ放送網株式会社に入社。実写映画・アニメーション映画のプロデューサーを務めたのち、2018年に独立して京都へ移住。ゲームベンチャーの立ち上げに関わったのち、現在は、作家・クリエイター向けの編集者・コーチとして働くほか、藤原和博氏が立ち上げた『朝礼だけの学校』プロデューサーも務め、ワンキャリアには2020年から関わっている。日本で唯一の「人形劇」に関する専門図書館の研究員でもある。

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