新型コロナウイルスの感染拡大でビジネスの世界からも注目を浴びるバーチャル領域。その中でもバーチャルYouTuber(VTuber)市場において成長している企業がカバーです。VTuber事務所「ホロライブプロダクション」の運営会社として聞いたことがある人もいるのではないでしょうか。
カバーの創業は2016年。まだ「VTuber」という言葉も聞きなじみがない時代からバーチャル空間に投資し、今ではタレント(VTuber)のチャンネル登録総数は7,000万人超。世界各国のファンから愛されるサービスを展開しています。
なぜカバーはグローバルに躍進できているのか。創業者・CEO(最高経営責任者)谷郷元昭さんから語られたのは「ゲームチェンジの匂い」と、ビジネスとしてスケール(拡大)させるための「差別化戦略」でした。
「商売にならない」と揶揄(やゆ)されたコンテンツが大ヒット。ゲームチェンジの瞬間を目の当たりに
──VTuber市場で躍進し、リーディングカンパニーとまで評されるカバー。本日は谷郷さんがどのような思考で事業を伸ばしてきたのかをお伺いしたいです。
谷郷:原体験としては、新卒で入ったゲーム業界で見た「下克上」でしょうか。ゲーム業界って、勝者が入れ替わるゲームチェンジが起きやすいんですよ。
谷郷 元昭(たにごう もとあき):カバー 代表取締役社長CEO
慶應義塾大学理工学部を卒業後、イマジニアでゲームソフトのプロデュースを担当。その後、携帯公式サイト事業を統括。化粧品クチコミサイト@cosme運営のアイスタイルでEC事業立ち上げ、モバイル広告企業、インタースパイア(現・ユナイテッド)の創業に参画後、サンゼロミニッツを創業。日本初のGPS(衛星利用測位システム)対応スマートフォンアプリ「30min.」を主軸としたO2O事業を展開し、イードへ売却。2016年にカバーを創業。
──どういうことでしょうか?
谷郷:分かりやすいのが『ポケモン(ポケットモンスター)』です。第一作は任天堂のゲームボーイで発売されましたが、当時はプレイステーションの方が高性能で、テレビの大画面で迫力ある映像が楽しめました。なのに、ポケモンの発売によって、小さな画面でプレイしないといけないゲームボーイの人気が高まった。
つまり、ユーザーに刺さるコンテンツを提供できれば新しい可能性や価値が生まれ、勝者になれるんですよね。「ユーザーがどこに時間を使うのか」がガラッと変わる瞬間があって、そこが投資の分かれ目ですね。
──谷郷さん自身も、当事者としてゲームチェンジを経験されたのですか?
谷郷:そうですね。新卒で「イマジニア」というゲーム制作会社に入り、iモード(※1)が世に出る前のタイミングでモバイルコンテンツ開発に参画できました。当時、社内では「携帯電話みたいな端末では、出せるコンテンツなんてたかが知れている。それでは商売にならない」と懐疑的に見る向きも多かった。ただ、いざiモード向けのサービスを稼働してみたら、ユーザーは加速度的に増加したんです。気が付けばイマジニアはゲーム企業ではなく携帯コンテンツの会社に変貌していました。
パッケージでゲーム専用機用のソフトを1本1本販売するより、月額課金で携帯端末向けのコンテンツを提供するほうが、ビジネスとしてスケールすることが明らかになったんです。デバイスの進化により新たなコンテンツビジネスが誕生し、勝者が入れ替わる。そういうゲームチェンジの瞬間を目の当たりにした経験は、大きな学びになっています。
(※1)……1999年開始した、NTTドコモの携帯電話向けネットサービス。開始当時はスマホもなかったため、ガラケー仕様のゲームが開発されていた
──今のお話から察するに、カバーがVRコンテンツ事業を手掛けるようになったのも、ゲームチェンジの匂いを察知したから、ということなのでしょうか?
谷郷:はい。順を追ってお話しすると、私がカバーの前に別の会社を起業しました。そこではスマホ向けに地域情報を提供するサービスを手掛けていました。実は、スマホのGPS機能を用いて至近の店舗情報を表示させる、日本で初めてのアプリケーションだったんです。
このサービスはスマホ市場拡大の波に乗って成長したのですが、スマホアプリ全体で見ると、本当に急成長したのはゲームのビジネスでした。現在、ソーシャルゲームアプリが広く普及しているのは、皆さんご承知のとおりです。
だから2社目の会社(カバー)を起業する際には「既にスマホの波、ソーシャルゲームの波が落ち着いてしまった環境で、次に到来しそうな大波は何なのか」を意識しました。そうしてたどり着いたのがVRです。VRが新たな波となりうる可能性を秘めていると考え、VRまわりの領域に事業を絞ることにしました。
「先行者に徹する」。VRの可能性にかけた、2度目の起業
──「VRの可能性」を感じ取っての起業だったわけですが、状況的にはVR黎明期(れいめいき)で、まだスケールするかも判然としない状況だったはず。そこで「可能性にかけて、どちらに転ぶか分からないけど勝負する」という賭けだったのか、それとも「この領域なら確実に勝負できる。勝算がある」という算段がついていたのか、非常に興味があります。
谷郷:「どちらの感情もあった」というのが正直なところです。ビジネスには不確定要素が付きものですから、どんな事業を興すとしても、100%の勝算があって立ち上げることは難しいと思います。
1つ、私の中で大きな足掛かりになったことを挙げるなら、VR業界の関係者と対話する中で、「VRとはすなわち、3Dコンテンツの進化なのだな」と理解できたことでしょうか。
──どういうことでしょうか?
谷郷:例えば、世界で最も売れたゲームとされている『MINECRAFT(マインクラフト)』。これはVRの技術は使われていないゲームですが、3Dで作られていました。人気の背景にある本質的な進化は「コンテンツを平面ではなく3Dで表示すること」だと気が付き、VRのデバイスも使われる未来が想像できました。
──なるほど! ゲーム業界の変遷を見てきた谷郷さんならではの視点ですね。
谷郷:一方で、いつVRの大きな波が来るのか、タイミングは未知数の部分もあります。その状況で先行者利益に浴するには、先行者になるしかない。
サーフィンと同じです。いい波が、いつ来るかなんて、ある程度は予測が付いても正確なところは誰にも分かりません。でも、まずはとにかく沖に出て、辛抱強く波を待っている者でなければ、いい波には絶対に乗れない。ビジネスにも似たところがあると思うんです。やはり挑戦しないと、大きな成果は手にできないものでしょう。
領域を絞って勝負したVTuber事業。ビジネスの肝は「生配信」だった
──そうした谷郷さんの強い思いが反映された会社がカバーである、といえるかと思います。理念や思いを築き上げたうえで、どのように具体的な施策に落とし込んでいるのか興味が湧いたのですが、カバーのビジネスで明確に意図している戦略などはあるのでしょうか?
谷郷:極端な施策や尖(とが)った取り組みで突き進んだように思っている人もいるかもしれませんが、決してそんなことはありません。
コンテンツビジネスには、いろいろな勝ち方があると思うんです。広い意味では同じコンテンツビジネスだけど、この領域はA社、この領域ならB社、といった具合のすみ分けも成立させられる。その意味で、当社はやはり3Dコンテンツが強みです。「3Dコンテンツといえば、まずカバーだよな」という組織の見せ方についてはやはり意識してきました。
──領域を絞って戦う、という点についてもう少し掘り下げたいのですが、カバーは当初からVTuber事業を展開されてきたのでしょうか?
谷郷:いえ、創業当初はVRゲームをつくっていました。そうした中でVRに関するアクセラレータープログラム(※2)にも参加し、その成果としてアプリを1つリリースしました。
そこで得た知見などを踏まえて「これからはVRゲームをつくるのではなく、VR技術を活用した動画ビジネスを軸に据えよう」という判断を6年ほど前に下しました。
最近でこそVTuberという言葉が市民権を得て、VR技術を生かした動画も数多く制作されるようになり、市場としても急伸していますが、当時はまだまだこれからの領域だったと思います。「VTuber」という単語も存在せず、「バーチャルYouTuber」なんて言葉がポツポツ使われるようになったばかりの状況。そこに打って出ようと。
(※2)……自治体や事業会社が主体となり、スタートアップ企業への出資や協業などを行うプログラム
──具体的には、どのような戦い方を展開されてきたのでしょうか?
谷郷:当時、バーチャルYouTuberというと、まずキズナアイさんを筆頭にして、いくつかコンスタントに動画を投稿するチャンネルが存在したわけですが、あくまでバーチャルな「YouTuber」──つまり企画して、撮影して、編集して、動画をアップロードして、というリアルなYouTuberと同じ軸で活動していた存在だったんですね。
しかし、カバーはバーチャルな「ライバー(ライブ配信者)」という立ち位置で、コンテンツを提供することにした。つまり、バーチャルなキャラクターが「生配信」をする、という形をとったんです。
──それはなぜですか?
谷郷:UUUMさんのようなYouTuberエージェントがなぜビジネスとして成立するのか。それは、クリエイター(YouTuber)が各々、自分で企画して、撮影して、編集して、アップロードして……という一連の制作業務を基本的に全て、自らの手で行っているからなんです。
一方、黎明期のバーチャルYouTuberは、VR撮影に対応したスタジオをおさえて収録し、それを別のスタッフが編集して、アップロードしていた。要は、動画を1本つくるために、複数のスタッフが関与するような体制だった。これではコストがかかるばかりで、ビジネスとしてスケールしにくい。
そこで私たちが考えたのが「ライバー」というキャラの立たせ方。生配信をメインにすれば編集の手間などがない分、ビジネスとしてスケールさせることが比較的容易だろうと。そこで差別化を図ったことが大きかったように思いますね。
メタバースを視野に入れつつ、世界で勝てるIPを生み出す
──ビジネスとしてスケールさせる、という話題に関連してお聞きしたいのですが、VTuber関連市場の現状、そして今後の見込みについてお聞かせください。
谷郷:概況としては、この5年ほどで非常に伸びています。競合の会社さんも上場を果たしたり、私たちも事業規模を拡大したりという状況下、数百億円規模の市場に膨らんできていると捉えています。
成長の理由としては、YouTubeの生配信などにおける、いわゆる「投げ銭」の収益だけでなく、副次的なビジネスが広がっていることが奏功しています。具体的には、マーチャンダイジング(キャラクターグッズの販売)やライブイベントといった取り組みが、とても活況です。実は動画配信自体の市場規模より、関連ビジネスの市場規模のほうが大きいんです。つまりVTuberは、結果的に新しいIP(知的財産)を生み出すビジネスプラットフォームとして機能するようになったのです。
──そうなると、今後は「いかに強いIPを生み出すことができるか」という点がとても重要になってくる。
谷郷:そうですね。新しいIPを生み出し、それを強いコンテンツとして育てることは、もちろん大切です。ただ、次のステップとして、ゲーム領域のビジネスを成長させることが重要だとにらんでいます。
現状、私たちはVTuberの生配信をメインに手掛けていて、課金の仕組みとしてはリアルなグッズを販売する程度に留まっている。対して、ゲームビジネスは、煎じ詰めると「デジタルグッズを売るビジネス」といえます。これはつまり、世界中のユーザーに向けて、物流配送を介することなくコンテンツや関連グッズを届けることが可能になる、ということでもあります。
カバーはメタバースの開発を進めているのですが、他社が提供しているようなBtoB主軸の空間を展開していくつもりはありません。
私たちが提供したいのは、オンラインゲームとオンラインライブを融合させたような、新しい形のバーチャル空間なんです。例えば、ホロライブプロダクションのVTuberをライブ視聴できるような空間や、VTuberがゲームをプレイして、その様子を見たり、一緒にプレイしたりできるような空間を提供する……。これをビジネスとして成立させることができれば、メタバースの新しい市場で成功するのではないかと目論(もくろ)んでいます。
──メタバースの可能性をどのあたりに感じていますか?
谷郷:メタバースについてはまだ構想段階の要素も多いのですが、成功の手応え、成功のイメージは強く感じています。なぜカバーが成長できているのか、自信を深めることができているのか。それは、世界中にいるユーザーの存在です。
現在、カバーが手掛けるタレント(VTuber)のチャンネル登録総数はおよそ7,000万人を超えています。私のツイッターには60万人以上のフォロワーがいて、海外の方も数多く登録してくれています。
つまり、カバーの強みは、日本だけでなく、海外でも支持いただいているという事実なんです。
──ありがとうございます。では、視点をさらに先に移して、より遠くの未来について聞きたいのですが、カバーの掲げる「つくろう。世界が愛するカルチャーを。」というミッションそのものが、なかなか壮大ですよね。谷郷さんはどんな未来のビジョンを描いているのでしょうか?
谷郷:日本発のバーチャルコンテンツを世界に届け、愛してもらうことです。
ゲームの世界では、任天堂やソニーといった企業が世界で素晴らしいブランドを築いていますし、日本のコンテンツを世界に届けながら、大きなビジネスを展開されていますよね。カバーはバーチャルの領域で、その役割を果たしたいと考えています。
また、メタバースについても、私たちはバーチャルエンターテインメントに寄せた空間を用意して、世界中の人に遊んでもらえるようなゲームを提供し、プラットフォームとしても定着させることを目指しています。有り体に表現するなら、ソニーがプレイステーションを通じて世界で展開したようなビジネスを、バーチャル上で仕掛けていくイメージでしょうか。
──かなり世界を意識されているのですね。
谷郷:個人的な話をすると、ソニーやホンダ、任天堂は私が子どもの頃から既に世界企業であり、圧倒的な存在感を放っていて、憧れていました。なぜ彼らは世界に進出したのかを自分なりに想像してみたんですよ。理由は大きく2つあると考えます。
まず、日本の中だけで企業を成長させていっても頭打ちになるから、より広いマーケットを海外に求めた、というのが一点。もう一点は「自分たちだって世界を相手にビジネスで戦い、勝利できるのだ」というのを証明したかったのだと思います。
新卒でゲーム会社に入ったのも、世界の中でゲームこそ「日本がナンバーワンの領域だ」と思ったことが大きいですね。「日本で一番をとることはすなわち、世界で一番になることとイコールだ」と捉えていたんです。
カバーは既にグローバルカンパニー。多様なスキル、個性を備えた先輩社員もそろう
──カバーでグローバル展開が急加速していることはよく分かったのですが、関連して、社内の雰囲気も学生にとっては気になるところでしょう。
谷郷:現在、全社員数は400人ほどですが、外国籍の社員が1割程度働いています。この規模感の組織としては、海外国籍の社員は多いほうだと思いますね。つまり、一定程度はグローバル企業化しているのが、カバーという組織の現状です。
──カバーに新卒入社した場合、他の組織では経験できないこと、特に磨けるスキルのことなど、特筆的な部分があれば教えてください。
谷郷:3つあります。まず「成長産業で仕事ができる」という点です。成長している産業では新しいビジネスチャンスが生まれやすいので、若手であっても重要案件でバッターボックスに立つチャンスはあると思います。
2つ目は「多様性(ダイバーシティ)を備えた組織である」という点。社員の国籍でいうと、インド、オーストラリア、インドネシア、スペインなど、さまざまな国の出身者が働いています。特に外国籍の社員は日本が好きで日本に来て働いているわけですから、放っておいたらバッターボックスを取られてしまいますね(笑)。
3つ目は「経験豊富な先輩社員から、さまざまな角度でコンテンツビジネスが学べる」という点も強調しておきたいです。音楽やキャラクター、ライブイベントなど複数のサービスを展開しているので、各方面の第一線で活躍してきた人材が中途で入ってきています。
「皆が嫌がる仕事」に、気が付いていないチャンスがある
──若手からバッターボックスに立つには何が大事なのでしょうか?
谷郷:やる気と勉強する覚悟です。
冒頭に「iモードが商売にならない」と言われていた話をしましたが、見方を変えると「新しい知識を勉強するのが面倒だから、変わらないでほしい」という希望的観測が入っていたと思うんですよ。年をとっていくと面倒になりがちな人も増えてくるので、0から学ぶ必要がある新しいトレンドや技術については、若い人が順応しやすいと思います。
──それでは、新卒で入ってくる人材に期待することは何ですか?
谷郷:カバーには、新卒人材が組織内の文化をつくった側面があると捉えているんですね。新卒社員は「カバーでこんなことをやってみたい」「バーチャル領域で新しいことに挑戦したい」と意欲的だし、「カバーが好き」とロイヤルティーの高い人材も多いですから。
加えると、現状、カバーには専門家的な人材が傾向的に多いんですね。ただ、今後はもっと総合的な視点から事業開発を推進してくれる人材が求められるでしょう。スペシャリストとゼネラリストの2パターンあるわけですが、専門家人材、事業開発人材それぞれ、どんどん突き詰めて仕事に取り組み、自分を高めていける人が理想ですね。
──最後に、学生へのメッセージをいただけますか。
谷郷:「1万時間の法則」ってありますよね。「ある領域・分野でスキルを身に付け、経験を積み、一流として成功するには、1万時間の学習や練習が必要」という理論。これって実際、その通りだなと感じています。
1つの会社で自分の得意分野を築き上げることって、今振り返ってみてもやはり重要だったなと痛感します。自分の起業も、1社目、2社目で会社員として経験したことが確実に生かされていますからね。
私の場合、最初に入った会社で仕事にものすごくコミットしたと自負しているし、普通に1万時間はゲーム関連の業務……とりわけゲームのプロデュースに絡む進行管理の技術や、戦略構築については、とても真剣に取り組んだと思います。
そして、チャンスは「皆が嫌がる仕事」にあります。新卒時代、私が最初に担当したゲームは女の子向けのゲームでした。先輩は「興味がないから、やりたくない」と言った仕事でしたが、だからこそビジネスチャンスがあり、結果的にはヒットしました。「うまくいかない」と思われている仕事こそ、誰からも文句を言われずに大胆なチャレンジができますよ。
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【ライター:漆原直行/撮影:保田敬介】