広告代理店で働くべきか、はたまた事業会社でプロダクトに対峙(たいじ)すべきか。マーケターとしてのキャリアを考えるうえで、多くの学生が一度は悩むこの問いに向き合うイベントが開催されました。
登壇したのは、株式会社TENTIALから中西社長、ブランド全体の構築を担う高砂さん、そして株式会社テレシーから広告代理店としてプロモーションを支援する稲垣さんの3名です。CM制作の舞台裏や意思決定のリアル、そして「どんな人が、どちらに向いているのか」といった本質的なテーマまで、現場のリアルな視点に立って大いに語っていただきました。
<目次>
●CM制作の裏側に、「事業会社×代理店の本気」があった
●CMでは「いかに伝えるか」にこだわる
●向き不向きは、「目の前の仕事とどう関わりたいか」で決まる
●キャリア選択、価値観……学生の問いに本音で答えた、Q&Aセッション

中西 裕太郎(なかにし ゆうたろう)氏(中央)
株式会社TENTIAL 代表取締役CEO。高校時代にサッカーでインターハイ出場を経験後、起業や事業開発に携わり、2018年にTENTIALを創業。リカバリーウェア「BAKUNE」などを通じて、心と体のコンディショニングを支援する事業を展開する。
高砂 一紗(たかさご かずさ)氏(左)
株式会社TENTIAL ビジネス本部 マーケティング部 ブランドコミュニケーショングループ所属。広告代理店勤務を経て2023年5月に中途入社し、製品のコミュニケーション戦略、商品企画から販売まで、ブランド全体の構築をマーケティング視点で推進。
稲垣 佑馬(いながき ゆうま)氏(右)
株式会社テレシー ビジネスデザイン本部所属。広告代理店の立場からTENTIALのテレビCMをはじめとする統合プロモーションを支援。事業会社と伴走しながらブランド戦略やクリエイティブ設計に携わる。
CM制作の裏側に、「事業会社×代理店の本気」があった
──まずはTENTIALがテレビCMに投資するに至った背景を教えてください。
中西:TENTIALは2018年創業の若い会社で、「健康」をテーマにコンディショニング商品を展開しています。当初はネット販売やデジタル広告を中心に販促を行っていましたが、より多くの人にブランドと商品を届けるためにテレビCMという手段を本格的に取り入れることにしたのです。中でも「健康を目的にパジャマを選ぶ」という新しい習慣を世の中に広めていくことは、十分に挑む価値のあるテーマだと捉えていました。
──社内外でどのような議論があったのでしょうか?
高砂:私がTENTIALに入社したのは、ちょうどテレビCMの実施を検討していた時期。それまで広告代理店にいたので、「本当にテレビCMをやる意味があるの?」という社内の声もよく分かりました。代理店では「やる前提」で動いていたので、意思決定の根本から関われたのは新鮮でしたね。
稲垣:TENTIALさんの「BAKUNE」は、「疲労回復できるパジャマ」という独自性のある商品です。「リカバリーウェア」というカテゴリー自体がまだ広まっていなかったので、競合に先んじて認知を獲得したいというのがテーマでした。
──TENTIAL側からは、どのように発注したのでしょうか?
中西:最初のオーダーは「『いいパジャマといえばBAKUNE』という世界観をどう作るか」というシンプルなもの。CMでは15秒・30秒という限られた時間でしか伝えられませんから、ブランドとして何を優先して伝えるべきか社内でもかなり議論しました。

──その意図を、広告表現にどう落とし込んでいったのでしょうか?
高砂:「会社が言いたいこと」と「生活者が聞きたいこと」は必ずしも同じではありません。だからこそ社内の思いを一度すべて洗い出して「それって本当に伝わるの?」と壁打ちを重ねながら、最終的に「疲労回復パジャマ」というワードに着地しました。
「リカバリーウェア」という表現も社内では推されていましたが、一般の人にとってはなじみのない言葉だったことが懸念点でした。結果的に今回は誰もが知っている単語を組み合わせつつ、インパクトを残すという選択をしました。
稲垣:その議論、とてもよく覚えています。慎重に議論を重ねて、最終的に「リカバリーウェア」よりも「BAKUNE」が先に想起されるような世界観を目指したのですよね。
高砂:ブランドの信頼感を高める上では、櫻井翔さんを起用したことも大きな決断でした。テレビCMにおいて「誰が着るか」は重要なメッセージそのもの。櫻井さんの持つ誠実なイメージが、商品の価値やブランドの方向性とも自然に重なったと思います。
CMでは「いかに伝えるか」にこだわる
──実際の制作プロセスでは、どのように役割を分担されましたか?
高砂:私の役割は、TENTIALの事業戦略を起点に、広告コミュニケーション全体の設計をすることでした。考えるべきは、ターゲットは誰か、どんな行動変容を促したいのか、そのために何をどう伝えるのか。CMはあくまで一部分に過ぎず、実際には購買までの導線を含めた統合プランを設計していました。そのうえで代理店側にオリエン(発注)をして、中身を磨いていったという流れです。
稲垣:広告代理店としての強みは、やはり複数のクライアントのナレッジが蓄積されている点です。だからこそ「今この市場では、こういう打ち出しが効く」「この施策が似たターゲットで成功した」といった情報を惜しみなくシェアすることができました。
──オリエンテーション時には、具体的にどのようなオーダーを?
中西:稲垣さんには「BAKUNEという言葉を、『いいパジャマ』の代名詞にしていきたい」というシンプルなお願いをしました。パジャマは寝具の中でもお金をかける優先順位が低いアイテム。でも「一番肌に触れているもの」として、もっと価値があることを伝えたかった。
また、CMをやるからには「何をもって成功とするか」についても話を詰めました。売上のみならず健康意識の喚起やブランド認知、社会的意義といった数々のテーマをいかにバランスよく表現するかを深く議論しましたね。
──法的制約もあった中で、どう工夫したのですか?
高砂:BAKUNEは「一般医療機器」なので、「疲労回復」とはうたえても「睡眠の質改善」とはうたえないのです。実際には多くの効果が期待できる商品ですが、法令を順守しながらどう魅力を伝えるか。最終的にはギリギリを攻めるよりも「誠実さを伝える」表現を選びました。
中西:「健康系の商品=怪しい」と思われるリスクもありますからね。だからこそ、僕ら自身が誇れる表現をしたいという思いがありました。
──制作はどのような雰囲気で進んだのでしょうか?
高砂:代理店時代にも全力で仕事をしてきましたが、事業会社に来て数字責任を背負うようになって、改めて「ここは絶対に妥協しない」という思いを強く持つようになりました。そんな私に呼応するように、代理店チームも同じ熱量で動いてくださったことに感謝しています。
稲垣:毎日が「文化祭の前日」のような感覚でした。TENTIALさんのバリューである「Essential」「Dynamic」「Buddy」。これら3つのキーワードを社内外の全員で共通言語として使い続けました。クリエイターとのやりとりにおいても「それってエッセンシャル?」なんて常用されるくらいに浸透していました。
──ブランドの「らしさ」と生活者への伝わり方。両方にこだわったプロジェクトだったのですね。
高砂:おもしろくてインパクトのあるCMも魅力的ですが、それ以上に「このブランド、信頼できる」「ちょっと好きかも」と感じてもらえることも重要です。そういった意味において今回のBAKUNEのCMは、視聴者に「なるほど、そういう視点もあるな」と感じてもらえる設計になったと思います。
向き不向きは、「目の前の仕事とどう関わりたいか」で決まる
──高砂さんは代理店から事業会社、2つの目線を経験されていますが、改めてマーケターに向いているのはどんな人だと思いますか?
高砂:代理店から転職してみて実感したのは「1円単位で売上に向き合う責任」の重さ。ブランドが真の意味で世の中に受け入れられていくには、という視点を必ず念頭に置くようになりました。また、事業会社で特定のブランドとじっくり向き合うためには、ある程度の「好き」や共感も必要かもしれません。
──逆に、向いていないのはどんな人ですか?
高砂:いろいろなブランドに関わって瞬発力を生かした提案を楽しみたい人には代理店の方が合っていると思います。私も代理店時代は12ブランドほど担当していて、そこから得た知見を掛け合わせて提案できる面白さがありました。

──TENTIALのようなスタートアップだと、また事情が違いそうですね。
中西:そうですね。TENTIALのような規模・フェーズの事業会社では、マーケターという枠を超えて、商品、販促、物流、チームビルディング、ファイナンス、投資家対応など、幅広い役割が求められます。経営的な視点を持ち、事業全体をデザインする力が必要です。例えば30億円の投資が必要な施策であれば、それを社内で通すところから始まる。その「起点」になれるのが事業会社の面白さです。
──稲垣さんは、広告代理店側からTENTIALのマーケターはどのように見えていますか?
稲垣:いい意味で「マーケターの域を超えている」と感じます。高砂さんのように、単なるマーケティング担当ではなく、事業責任者に近い動きをされている。予算を受け取って施策を打つだけでなく、自分たちで投資判断を行い、経営層と議論しながら推進していく。その熱量が事業全体に強く影響していると思います。
──では、広告代理店に向いているのはどんな人ですか?
稲垣:「自分ごと化」できる人ですね。クライアントさんのご予算であっても、それを自分のことのように真剣に考えられる人。受け身ではなく、自分のアイデアや視点でクライアントと一緒に事業を動かしていけるような人が向いていると思います。あとは、世の中の動向や複数の業界を横断してインプットすることが好きな人も合っていると思いますね。

──今後TENTIALで一緒に働きたいのはどんな人ですか?
中西:「ブランドや会社を自分の手で育てたい」という気持ちを持っている方です。私たちは上場も果たしましたが、まだまだ挑戦フェーズの真っただ中です。大きなチャレンジにワクワクできる人にとっては最高の環境だと思います。
高砂:思いが強い人、そして素直な人ですね。うまくプレゼンできるかどうかより、「こういうブランドをつくりたい」という純粋な気持ちを持ち続けられる人と一緒に働きたいと思っています。
キャリア選択、価値観……学生の問いに本音で答えた、Q&Aセッション
Q&Aセッションでは、学生から多数の質問が寄せられました。学生ならではのみずみずしい視点に刺激を受け、3名の登壇者も思わず熱のこもった回答を重ねる場面が続きました。
学生(1):新卒でマーケターになるか、まずは他の職種を経験してからマーケに移るべきかで悩んでいます。それぞれのルートの良さについて、どうお考えですか?
高砂:例え希望外の部署に配属されても、寄り道が糧になることはたくさんあります。だから最初から完璧に決めすぎなくても大丈夫だと思いますよ。
中西:逆に「絶対にこれがやりたい」と言い切れる人は、経営者からするとそれだけで信頼できます。スタートアップのように意思決定の早い組織では、その覚悟や自分なりの軸がある人のほうが結果的に納得のいくキャリアを築ける気がしますね。
学生(2):BAKUNEは注目を集めていて、スポーツ選手の間でも名前は知られていました。ただ、価格が高くて手が出ないという声も多く聞かれます。若いアスリートに向けた展開は考えていますか?
中西:まさに今、そうした取り組みを少しずつ進めています。たとえば、高齢者施設や運送業の仮眠室など睡眠の重要性が高い現場でのサンプリングを行ったり、一部大学でのスポンサー活動を通じて商品の価値を届けたりしています。
学生(3):TENTIALの魅力を一言で表すと何だと思いますか?
中西:「ポテンシャル」です。人や社会、さらには地球も含めて、あらゆる可能性を信じて事業をつくっている会社だと思っています。
学生(4):みなさんにとって、一番「ダイナミック」だった行動や体験を教えてください。
高砂:40代でベンチャーに転職したことです。それまでは安定した企業にいましたが、病気を経験して「本気で世の中を変えたい」と思うようになりました。この年齢で挑戦するというと驚かれることもありますが、今の自分だからこそやる意味があると感じています。
稲垣:テレシーで日々奮闘している事だと思います。自分の専門領域を越えて、新しい環境で挑戦する。その選択自体がダイナミックだったと思っています。
振り返ると、TENTIALのテレビCMも実にダイナミックなものだったなと思います。テレビCMを打たなくてもうまくいっていた中で、あえてリスクを取って一歩踏み出したあのプロジェクトは、本当に意義のある挑戦でした。
登壇者たちの温かく率直な語り口に、学生たちも自然と引き込まれていった120分間。今回のイベントでは、TENTIALのテレビCM誕生の裏側を起点に、事業会社と広告代理店それぞれの視点から「マーケターという仕事の魅力」に迫りました。「マーケター」という仕事が持つ可能性、そしてTENTIALという企業が秘める「ポテンシャル」の大きさを実感した時間となりました。
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TENTIAL
【制作:BRIGHTLOGG,INC./撮影:河合 信幸/編集:鈴木 崚太】