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素直で良い子だった私が起業家に。京都で有数のシェアオフィス「GROVING BASE」を運営する篠田拓也さんの『転生就活』

転生就活 インタビュー
2022年9月14日(水) | 3,834 views

「ある朝、目が覚めたら、あなたは『就活生』になっていました。どの会社へ入りたいですか?」

(※ただし、自身がこれまで所属した組織は選べません)


社会人の先輩をお呼びして、この「究極の転生質問」に答えてもらうシリーズ企画。今回は、京都で有数のシェアオフィスである「GROVING BASE」を運営し、コーヒーブランドも立ち上げている起業家の篠田拓也さんにご登場いただく。

<篠田拓也さんの「社会人年表」>
・2010年(23歳)
父親が経営する税理士事務所へ入所。

・2014年(27歳)
12月末に税理士事務所を退社。

・2015年(28歳)
東証一部(※)上場企業のパソコン関係のメーカーへ入社後、3カ月もたたずに退社。
財務戦略を中心としたコンサルティング事業で、独立。
京都で町家の宿泊施設をオープン。

・2016年(29歳)
宿泊施設を売却。
個人事業から法人成りし、「株式会社アイトーン」を設立。

・2018年(31歳)
シェアオフィス「GROVING BASE」をオープン。

・2020年(33歳)
誰もが自分だけのコーヒーを作れるコーヒーブランド「colon coffee roasters」をスタート。

(※)……現在、東京証券取引所の市場再編により「東証一部」は「東証プライム」へと変更されています

自分で決められなかった就活

──今では、京都でも有数のシェアオフィスを手がけている篠田さんですが、学生時代はどのような就職活動をされましたか?


篠田拓也(以下、篠田):父親が税理士で、子どもの頃から「税理士はいいぞ」ということを言われていました。「親がそう言うなら、いい仕事なんだろうな」と、かなり早いうちから税理士になることを決めていました。小学校の卒業アルバムに、「将来の夢は税理士」と書いていたくらいです。


──卒アル上で見たことがない職業名かもしれません。


篠田:もちろん、子どもなので、税理士が何をしているのか分からずに書いていたのですが。

大学も商学部に入って、会計と経営を専攻しました。就活は一応やったんですけれど、私の学生時代はダメダメで。


──なにがダメなんですか?


篠田:自分で何も決められなかったんです。それこそ「親が言うなら間違いがない」と思って、自分で考えませんでした。「銀行へ入っておけば、いろんな経営者とのつながりができる。その上で税理士を開業したらいいんじゃないの」と言われて、就活では銀行ばかりを受けていましたから。

中身がペラペラだったので、見事に全部落ちてしまいました。他の業界の会社も受けて、とある会社から内定をもらいましたが、それもあくまで「内定を取っておこう」という気持ちだけで受けたようなものでした。相手企業にはすごく迷惑な話なんですけれども。

そうして、卒業後に父親の税理士事務所へ入りました。

新卒2年目の頃の篠田さん。京都タワーのマスコットキャラクター「たわわちゃん」と

20代半ばなのに老後のことを考えていた。

──税理士事務所では5年勤めたのちに、退職します。きっかけは?


篠田:24歳〜5歳で結婚したあと、入社3年目に子どもが生まれたんです。そのとき、「自分の息子に、自分と同じ人生を送ってほしくない」って思いました。「自分は、自分で決めてこなかったな」とすごく後悔をしました。

その当時、60歳まで税理士をやったあと、老後を何しようか、と考えていたんです。


──20代半ばで老後のことを考えていたんですか……それくらい堅実だ、ということかもしれませんが。


篠田:親の跡を継ぐつもりだったので、60歳までは税理士業以外の仕事はしてはいけないと思っていたので。

そうして、かなり鬱(うつ)っぽい状態になって、会社に行けなくなってしまって。それでも「親の会社だから絶対に辞められない」と思っていたら、うちの妻から「いや、物理的に辞められるんだから、お父さんに話してみたら」と言われました。


──当人はなかなか気づきにくいですよね。組織ってやめられますよね。


篠田:しかも、考えてみれば、25〜6歳でしたから十分若いし、なろうと思えば何にでもなれます。そこから、気持ちが軽くなって、だんだんと自由になっていきます。

もちろん、会社を辞めるときには、長い時間をかけて家族と話しました。親からはずっと素直な子だと思われていたので、結構、ビックリさせましたし、悲しませました。


──普通に辞職をするよりも、親子だからこそ、難しいコミュニケーションだったんじゃないか、と感じます。長い時間をかけてやったのが、すごい忍耐力ですね。


篠田:1年かかりました。最終的には、父や母、兄も認めてくれました。

また、その期間で転職のために英語の勉強をして、資格も取りまくっていました。毎日勉強して、9カ月でTOEICが330点から700点まで上がりました。

大学卒業後に親の会社に入ったのもあって、一度、一部上場企業を経験したいという思いがありました。とあるパソコン関係の製品を作っているメーカーに、財務企画職として入りました。でも、入ったものの、3カ月もたたないうちに辞めました。


──思いがかなったのになぜでしょう?


篠田:サラリーマンが本当に向いていなかったんですよね。私が体育会系的なコミュニケーションも苦手で。


──税理士事務所でもある種サラリーマンだったと思うのですが、合いませんでしたか?


篠田:税理士業って、多くの場合が個人プレーなんですよね。たとえば、1人に20社の担当を持たせて、それぞれが20社を訪問する。それを上司に報告してOKをもらって進めていく、みたいに。


──専門職なので、フリーランスの集まりみたいな側面があるんですね。


篠田:マイペースにできるし、私の場合、いいお客さまを付けてもらっていたと思います。むちゃくちゃ勉強になっていましたし、今もそのときのスキルが役に立っています。

転職した企業で、いわゆる組織的なサラリーマンというのを経験して、自分には向いていないことが分かりました。

家を売って海外で資格を取ろうとしていた。

──それにしても、せっかく転職した会社をすぐに辞めたことは、精神的につらくなかったですか?


篠田:かなり苦しかったですね。かなり精神的には参っていました。

会社を辞めたあと、Excelを作りました。今の貯金でどのくらいまで生活ができるのだろう? って。


──そのExcelを作るのは、篠田さんにはお手の物でしょうね。金銭的には大丈夫でしたか?


篠田:お酒も飲まないし無駄遣いもしないので、貯金が少したまっていたので、ある程度まで暮らせることが分かりました。

妻は「次のことは考えず、とにかく休もう」と言ってくれました。


──休むのって勇気が要ります。パートナーにそう言ってもらえると心強いですね。


篠田:辞めて1カ月くらいたったときに、妻が「友人の建築士で、最近独立した人がいるから、話を聞きに行ってみよう」って誘ってくれました。その彼が「会計のスキルなんて、めちゃくちゃ強いやんか!」って言ってくれて、どんどん自己肯定感が上がりました(笑)。「貯金もあるんやったら、なんでもできるやん! 無敵やん!」って。ありがたかったです。

そして、「これから皆が宿泊施設を始めるようになるから、やってみたら?」って言われて。


──2015年だと日本でAirbnbという名前を聞くようになる頃ですね。


篠田:海外では有名でブームになっていましたが、日本では業界の人だけが知っているくらいの頃です。

3カ月くらい無職ののちに、6月に開業届を出しました。物件を決めて、夏に京都の町家でオープンしました。すぐに人気の宿になりましたよ。

でも、1年ちょっとで売ってしまいました。ひとつは、宿泊業って閉じた空間なので、あまりスキルが身につかないと感じたこと。あと、外国人観光客が来なくなったときのリスクを、東日本大震災のタイミングで実感していたので、はやっているうちに手放そうと思いました。

大きくしようと思ったら、2店舗、3店舗と増やしていく必要がありますが、どうしてもリスクがある。外国人が来なくなったら終わってしまうので。

1年後に事業を売るときにはすぐに買い手が付きました。初夏に売ったのですが、冬まで予約で全て埋まっていたんです。そんな状況なので、買い手が付きやすかったんですよね。


──コロナ禍を知っている現代からすると、篠田さんのリスクの捉え方は冷静だったと思えます。


篠田:東日本大震災後に外国人観光客が来なくなった状況を見ていた、というのが大きいですね。

あと、バブルの感じが気持ち悪かったのもあります。父親から昔話で「みんな、値段が上がるからって絵を買ってダメになった」という話を聞かされていました。「買ったら絶対にもうかるから」みたいな空気が当時あったそうです。同じように、「宿を始めたら絶対にもうかる」みたいな空気があったんですよね。「続くかなぁ?」という不安があって、観光業はやめておこう、と考えるようになりました。

 

──その後はどうするんですか?


篠田:宿を辞めたときに海外留学をしようと思ったんです。イギリスでMBAを取ろうと思って、予備校に通いました。キャリアが全て無くなっちゃったので、一から全部学びたいという気持ちがあって。

当時、イギリスのMBAへ行くためには、1,000万円くらいかかりました。普通に考えたらムリじゃないですか? でも、もともと僕はマンションを買っていて、無職のときに住宅展示場へ行ったんですよ。そのとき、今のマンションを売ったらお金が残るので、それを頭金にしたら、うまくすれば新しく一軒家を買えるかもな……という発想がありました。そのときに、「いや、待てよ。マンションを売ったら、MBAに行けるんじゃない!?」って思って。


──すごい発想ですね。家を売って資格を取るって、聞いたことがありません。


篠田:実際に、MBAへ行くために予備校へ通いました。本当に動き出しちゃったんですよ。


──あ、本当にやっちゃったんですね。


篠田:同じ頃、シェアオフィスの企画を進めて、1年半後の2018年1月に「GROVING BASE」をオープンします。家庭にいる人が働く人や場所に関心をもち、働く人も家庭に関心を持ち、働く場所が家族を歓迎する。そんな「家庭」と「職場」のちょうど良い距離感の空間を作りたいと思って、企画しました。

最初は、「シェアオフィスを1年やって、軌道に乗せて、その後、MBAを取りに海外へ行く」という計画を立てていました。でも、「GROVING BASE」の準備を始めたら、とてもじゃないですが時間がなくて、予備校を解約して諦めました。

正直に言うと、今でも海外へ行きたい欲求はあります。生まれてからずっと京都にいるので、そこから飛び出したい欲があるんです。

現在の篠田さん。シェアオフィスだけでなく、コーヒーブランド「colon coffee roasters」の事業も始めた

篠田さんが選ぶ3社

──篠田さんのキャリアを伺うと、やっぱり、1社目を辞める際に、ご家族としっかりと向き合われたのがスゴイと思いました。なかなか出来ないことだと思います。


篠田:兄は父の税理士事務所に残っていて、うちの会社の経理を毎月見てくれています。仕事のこともプライベートのことも、お互いに言いたいことを言えますね。


──さて、本題です。いま、この瞬間に、篠田さんが就活生に転生したら……どんな会社を選ぶでしょうか。1社目はどこでしょう?


篠田:Rolandです。手がけている領域が幅広いですよね。私はギターを弾くんですが、Rolandにはギターのエフェクターもあるし、それ以外にもキーボードやシンセサイザーといった機材もあるし、さまざまなアプリケーションも作っています。

その上で、東証プライム上場の企業でもあるRolandに入れば、最初のビジネスパーソンとしてのキャリアとして、いろいろと身につきつつ、好きなこともやれるんじゃないでしょうか。いろんな分野があるので、社内でも楽しめそうです。


──たしかに、幅広い仕事が待っていそうですね。社内でもいろんなキャリアプランがありそうな気がします。


篠田:私は起業をしているので、やっぱり、マーケティングまたは営業スキルが身につく会社がいいな、と思います。リソースの少ない起業直後に、一番必要となるスキルだからです。

たった1人で起業したとしたら、最優先のスキルが「売る」ことだと考えています。素晴らしい商品を企画できたり、財務や会計などに精通して現在の状況を判断し計画をたてたり、素晴らしいデザインのウェブサイトを作れたとしても、結局売り方を知らなければ、起業直後の一番つらい時期を乗り越えるのはとてもしんどいです。

会計のキャリアを歩んできた私は、最初の1〜2年は金銭的にも精神的にもつらい時期を過ごしましたが、同じ時期に起業した「売ること」を知っている友人は、シンプルにガスの給湯器を販売するだけで起業初年度に1億円の売上をあげて、社員を7名採用していました。ちなみに、その友人からは給与計算が分からないと泣きつかれましたが(笑)。

1人で始めるのであれば、最優先のスキルは「売る力」なので、そこを伸ばせるマーケティングや営業職に就きたいです。


──2社目はどうでしょう?


篠田:私は手先が器用で、子供の頃から自分のおもちゃを手作りしたり、ギターの機材を自作したり、学生時のお金がない頃に妻に木彫りの人形をプレゼントしたりしています(笑)。たまに、この手先の器用さを生かせる仕事を選んでいたら良い線いけてたんじゃない? と思うことがあります。稼げなさそうという理由で、そちらの道に進まなかったことに若干の後悔があります。

また、制作活動をしているときは、寝るのも食べるのも忘れて何時間でも没頭できるタイプです。手先が器用なだけでなく、性格的にも職人的な仕事が合っている可能性もあるなと思っているので、転生するなら一度チャレンジしてみたい。手に職をつけて独立して自分のブランドを立ち上げる、みたいなのも夢があります。

そうすると、ギター職人の道に心引かれるので、本当はどこかの工房に弟子入りしたいところですが……やっぱり、最初のキャリアとして考えると、ちょっと怖い。


──新卒段階って、どうしてもつぶしが利きそうな選択をしたくなりますよね。


篠田:それはあります。1社目はリスクヘッジをしておきたいですね。

何事も仕事にすると、めちゃくちゃ成長すると思っています。たとえば、会計のことだったら、私は呼吸をするように、1+1=2くらいの感覚で出てきます。でも、他のことだと、考えながらでないとできない。パッとできる感覚って、最初のキャリアが大事だと思います。


──呼吸をするように、ってすごく分かります。


篠田:サラリーマンって、守られた環境でスキルをゲットできる、とも言えます。起業をしている身からすると、そんなありがたい環境ってなくて。

そうやって考えると、Fenderという外資系のギターメーカーはいいかもしれません。海外の本社へ行って、マスタービルダーになる道を進みたいです。

ギター職人の道を歩んで、将来独立し、工房を作る。手先が器用で、没頭しやすい私には向いているかもしれません。思い返すと、子どもの頃から自分のアイデンティティになっていたようなことって、仕事選びですごく重要な気がします。


──3つ目はどうでしょうか?


篠田:就職という選択ではなく、海外で、もう一度学生をやります。大学生の頃は「働かなきゃいけない」と思っていましたし、海外の学校へ入ることはお金がかかることなので、なかなか選びにくいかもしれません。でも、今は子どもが3人いるので、子どもたちを連れて海外の大学へ行くのはもっと難しい。20代のときに海外の大学へぴょんと行けるフットワークの軽さを身につける意味でも、ありかな、と思います。

そして、今なら、海外の大学でアートを学ぶと思います。なぜアートなのかというと、本当に大切なことは、頭で理解できている99%ではなく、1%の感覚で伝わるような部分にこそあると考えているからです。それを学べるのがアートなのかなと。理論を超越した感覚や表現を身につけることができれば、事業を作る上でも、生きる上でも役に立つんじゃないかなと思います。また美的センスを磨くことは、人に伝わりやすい商品を作る上でも非常に重要です。

また、なぜ海外なのかというと、私は京都から出たことがないので、全く違う環境の海外で生活をしてみたいからです。20代で海外に縁を持てること、海外でのコネクションを持つことは、就職する上でも事業を展開していく上でも非常に強いと考えます。

自分の力で道を切り開くスキルや生き方

──篠田さんの今の価値観が色濃く出る答えでした。最後に、就活生へのメッセージをお願いします。


篠田:会社選びの際に、「これから伸びる業界だから」「人気で有名な企業だから」「誰かがオススメしているから」などは指標にしないほうがいいと私は思います。何事でも、頑張らないといけない局面はあると思うので、そんなときに心から「自分で決めた道だ」と思えないと、他責になって心が折れてしまうように思います。私の場合は、父親をお手本にした人生を歩もうとして、20代半ばでとても苦しみました。

まず最優先にすべきなのは、自分軸を大事にすること。これまで好きだったことは? 嫌い・苦手なことは? これまで一番時間を費やしてきたことは? どんな交友関係だったか? ……などをしっかり考えて仕事を選べば、また違った人生があったのかなと思います。

生き方は、自分で決めること。私がこれまでの人生を通して、得た教訓です。3つのどの選択肢にも共通しているのは、最終的には誰かに依存せず、自分の力で道を切り開くスキルや生き方を身につけるための選択だ、という点です。

ちなみに、今後の人生で、海外生活や制作活動は実現していくつもりです。目には見えにくい1%の部分を意識した生き方をしていきたいと考えています。


──本日はありがとうございました!

篠田拓也(しのだ たくや)
1987年、京都府亀岡市生まれ。同志社大学商学部を卒業後、父親が経営する篠田直明税理士事務所(現・税理士法人be)に入所するが、5年勤務後、家業を飛び出し、東証一部上場の事業会社に財務企画職として転職する。しかし、3カ月で挫折。どう生きればいいのか分からないまま、消去法で2015年に独立・起業。起業後は財務コンサルティングを行いながら、妻と2人で2018年にシェアオフィスGROVING BASEを立ち上げ、現在では京都で有数のシェアオフィスとなる。また、2020年には同オフィス内にコーヒー焙煎(ばいせん)所を立ち上げ、企画開発した商品は国内だけでなく、海外への輸出も行っている。

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佐藤譲
編集者、コーチ
佐藤譲

1986年、福岡県生まれ。2010年、株式会社スタジオジブリ入社。鈴木敏夫プロデューサーと同じ家に住みながら、編集者として働く。2015年、日本テレビ放送網株式会社に入社。実写映画・アニメーション映画のプロデューサーを務めたのち、2018年に独立して京都へ移住。ゲームベンチャーの立ち上げに関わったのち、現在は、作家・クリエイター向けの編集者・コーチとして働くほか、藤原和博氏が立ち上げた『朝礼だけの学校』プロデューサーも務め、ワンキャリアには2020年から関わっている。日本で唯一の「人形劇」に関する専門図書館の研究員でもある。

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